74.押しかけるのは客ではない
久しぶりに顔を合わせたミヒャエラに、カタリーナは捲し立てた。隠すことなく、縁談を押し付けられたから逃げたと口にする。アウグストに呆れられたばかりだが、彼女はさほど悪いことをしたと思っていなかった。同席したシェンデル公爵夫人クラーラは、表情を曇らせる。
「そう、ですか」
聞き終えたミヒャエラは、大きく肩を落とした。どこから説明しても、この王女は理解しないだろう。そうわかってしまい、放置するのも問題になると眉根を寄せる。きちんとした手順を踏んで遊びに来たなら歓迎するが、現状は迷惑の一言に尽きた。
ただでさえ、独立したばかりなのだ。他国との折衝はもちろん、公国内の様々な分野で人も物も足りていない。右へ左へ走り回る夫ヨーゼフの苦労を増やすだけの客人だが、護衛もなしに帰れとも言えなかった。これでもゼークト王国の王女なのだ。途中で何かあればまずい。
「カタリーナ王女殿下」
クラーラが呼ぶと、王女は明るく笑った。
「なに? いつもみたいにカタリーナでいいのに」
「では……遠慮なく。カタリーナ、あなたの行為はこの国を滅ぼしかねないわ。帰って頂戴」
「……え?」
親族であるからこそ頼ったのに、出て行けとは? 意味が分からないカタリーナは、アウグストの副官ヴィリの言葉を思い出す。似たような内容をもっと包んで突き付けられていた。戦いの原因になってもおかしくない、誘拐を疑われる場面だと。
カタリーナは深刻に考えすぎだと受け止めた。強い言葉を突き付けられ、不満を持つ。そこに反省の色はなかった。ゆえに、ヴィリ達の懸念を重要視していない。しかし女性なら理解してくれると思った矢先、クラーラに一刀両断にされた。
「っ、あなたはそんなこと言わないわよね? ミヒャエラ」
「カタリーナ、無礼ですよ。この方は私の娘である前に、ロイスナー公国の大公妃殿下でいらっしゃる。そのような言葉遣いで話しかけてはなりません」
クラーラが公的な立場を言い聞かせる。大公妃は、ゼークト王国ならば王妃と同じ。王女が対等の口を利くのは無礼に当たる。現実をはっきり突き付けた。
「……カタリーナ王女殿下、ゼークト王国に連絡させていただきますわ。引き取りに来られるまでの間は、滞在を許可します」
大公妃という単語を聞いて、ぴりりと背筋が伸びたのはミヒャエラも同じだった。母に言われ、やっと理解した。夫ヨーゼフがいない今、この屋敷だけでなく公国の未来も預かっている。親戚だからと自由を許せば、そのツケは払いきれない利子を生む。
二度と我が子らを不幸にしない。そのために、公国を立ち上げた。アードラー王国と切り離したというのに、ゼークト王国の騒動に巻き込まれたら本末転倒だった。
黙り込んだカタリーナを置いて、クラーラが立ち上がる。促されたミヒャエラも従い、彼女と同行した侍女だけを残して客間を出た。
「あれでよかったのでしょうか」
「ええ、上等よ」
責任をもって預かる、などと言い出さなかった娘を褒める。勝手にいなくなっても、滞在を許可しただけなら責任は生じない。家出した王女の行方を知らせるだけでも、義務を果たしたと言えた。幼い子供ではないため、保護する義務は生じない。
「あなたは上手に振る舞えていたわ。私はエッカルトに話してくるわね」
階段を登る母を見送り、ミヒャエラは不安そうに客間のほうを見つめた。




