73.心に沁みついたあの日の闇
アウグストが戻った。その知らせを受けて、ガブリエルは走った。弟ラファエルが追いかけ、カールやケヴィンに抜かれる。玄関に横付けされた馬車に首を傾げたガブリエルは「叔父様、どうしたのかしら」と心配を声に出した。
アウグストが馬に乗って移動する姿は想像できるが、馬車に乗る? 違和感しかない。馬に乗れないほどのケガをしたのではないかと、不安や心配が先に立った。しかし降りてきたのは、綺麗なお姫様……見覚えは……ない。
「カタリーナ王女殿下?」
後ろから合流した母ミヒャエラの声に、ガブリエルは驚いた顔をした。何度か話は聞いているが、会ったことはない。なぜか用事が入ったり、留守にしていたり。顔を見る機会がなかった。そのため初めて顔を合わせた母方の親戚と、互いに丁寧な挨拶を交わす。
「しばらく匿ってほしいの」
「は、い?」
ミヒャエラはひとまず客間に案内することを決め、あたふたと動き出す。親族であろうと王族である。ゼークト王国とは今後も付き合っていくため、蔑ろにはできなかった。出かけている父ヨーゼフが戻るまで、屋敷の主人はミヒャエラになる。
母が客間へとカタリーナを連れていくのを見送り、ようやくアウグストに抱き着いた。ガブリエルとラファエル二人を受け止め、さらに息子達の挨拶へ笑い返す。
「元気で何よりだ!」
「父上こそご無事で」
一般的な挨拶はここまで。ガブリエルを抱き上げたアウグストは、肩に乗せたラファエルも連れて歩き出した。はしゃいだ声を上げる二人は、鍛錬をする広場のベンチに下される。素直に下りて座れば、頭を撫でられた。
「アウグスト叔父様、頑張って」
「僕はカール兄様の応援をする!」
二人の声に、取り残されたケヴィンがぼやいた。
「おいおい、俺の応援はないのか?」
そこへガブリエルの応援が重なり、三人は得物を手に集まった。久しぶりの手合わせである。ここで休憩してから、とならないのがアウグストだった。呆れ顔のヴィリは「私は休みますので」と引き揚げる。これで止める者がいなくなった。
二対一で戦う叔父一家を見つめながら、ガブリエルは歓声を上げる。
「僕も強くなって、お姉様を守る」
ラファエルはぐっと拳を握った。頼りにしていると告げる姉に抱き着き、次期公王ラファエルは泣きたい気持ちを噛み締める。あの日の記憶は今も夢に見る。父母を殺され、頼りの叔父も囚われ、姉の叫び声を聞きながら命を奪われた。
恐ろしい記憶であっても、あの日があったから強くなろうと思える。ラファエルは姉の肩に顔を埋め、ゆっくりと深呼吸した。大丈夫、お姉様は生きている。僕の腕の中にいるから……二度と失わない。




