70.誰ぞ道連れにするべきか
「ふむ、便乗した者がおるようじゃ」
「はい、大旦那様のご意思を捻じ曲げた輩の見当はついております」
「ならば排除せよ」
コツンと硬い杖の音がする。振り返った初老の男性は穏やかな笑みのまま、物騒な命令を口にした。以前なら取り繕って頷くだけ、など言質を取られない振る舞いを心掛けてきた。だが、もう残す家もなく継ぐ者もいない。滅びるならば盛大に滅びればよい、と口にできるようになった。
灰色の顎髭に触れながら、執事ベニートの美しい角度の礼を見つめる。女神のやり直しが行われたことで、すべてが狂ってしまった。生涯を懸けた復讐も、中途半端に終わる。それこそが女神の慈悲なのかもしれぬ。老人はそう受け止めていた。
アードラー王国が見捨てた領地は荒れ果て、他国に蹂躙されて国境が変更された。先代王の時代、シーゲル伯爵家は忠臣としてそこにあった。攻め込まれて持ち堪え、援軍を待って見捨てられる。逃げ惑う民が殺され、田畑は焼かれ、家は崩れ去った。あの痛みと苦しみの対価を、女神は認めない。
「王国の誰ぞ……忠臣の一人でも道連れにすべきか」
「いっそ陛下を狙われては?」
ベニートの進言に、老シーゲル伯は唸った。確かに、どうせ狙うのなら……とも思う。国境が破られて一か月後のあの日、内側から手引きがあった。堅固な城壁の一角から入り込まれ、領主シーゲル伯爵家は殺害される。戦いで足を失い、血だらけで倒れた彼は……生き残ってしまった。
使いに出していたベニートが戻り、息子夫婦や孫の遺体を前に放心している主人を見つける。死ぬ気力すらない老シーゲル伯を守るため、ベニートが選んだのが復讐だった。何もせず死んでもいいのかと何度も告げ、炎を燃え上がらせる。
義足での生活に慣れた頃、ベニートは己の失敗を知る。確かに老シーゲル伯は立ち上がった。だが、その心は荒れた故郷に漂っている。復讐という燃料で動くだけの人形と化した主人に、執事は最期まで付き添い責務を果たすつもりでいた。
だからこそ許せない。主の復讐を汚すように、途中から動き出した薄汚い存在は消すべきだ。それが教会という巨大組織の、奥に隠れる闇だとしても。見逃す理由はなかった。
「教会へ参るとしよう」
老シーゲル伯がにやりと笑い、執事ベニートが斜め後ろに控える。杖を突く乾いた音が響き、いつもと同じ歓楽街の通りを抜けて、教会へ向かった。かつん、かつん。規則正しく響く杖の音に、義足を引きずる音が重なる。
滅びるなら、敵は道連れにするべきだが……その前に蠅を追い払うのも忘れてはならん。かつて国境の守護者であった戦人は、その誇りをまだ捨てていなかった。




