69.眩しさと比例する影
ジーモンは、やめたはずの煙草を咥えて歩いていた。体に悪い、臭いがつく、人の迷惑だ。そんな考えでやめたのだが、苛立ちを紛らわす手段として最適だった。ぼんやりと燻らせながら歩けば、後ろから頭を殴られた。
「煙草、やめるんじゃなかったの?」
甥……自称姪のバルバラだ。彼女は太い声で注意し、ひょいっと手を伸ばして煙草を奪った。地面に押し付けて火を消す。その吸殻を握りこんだ。むっとした顔に浮かぶ心配を見て取り、ジーモンは苦笑いする。
「悪い、つい……」
「城での仕事が合わないなら、辞めてうちにくればいいのよ」
「娼館で俺が何するんだよ……」
仕事なんてないだろ。ぼやく伯父に、バルバラは指折り数え始めた。
「用心棒、掃除、酒や食材の買い出し、シーツの洗濯。料理だけは……やめて頂戴。あとはいくらでも仕事があるわ」
ジーモンの作る料理はまずい。生ごみ生産機と言われるほど、味も匂いも見た目も酷かった。実際、騎士団の頃も野営で料理番は回ってこないほど。それ以外ならいくらでも。バルバラの言葉に嘘はなく、実際人手不足だった。
「用心棒くらいかなぁ」
「明日からお願い」
「待てって。辞めると言ったら翌日辞められるわけじゃねえぞ」
騎士団では一週間前に申請するのが習わしだ。そう伝えて、ひらひらと手を振って歩き出した。また口に煙草を咥えたものの、取り出したマッチはポケットに戻す。火をつけないまま手に持って、騎士団の宿舎へ向かった。
結果として、ジーモンは仕事を辞めなかった。騎士団は新しく編成中であり、手が足りない。経験者は貴重であり、腰が痛いとぼやく老騎士であっても仕事は山ほどあった。加えて、王の意識が変わったことで、下へ伝達される命令が息を吹き返す。
王城内はいつになく活気に満ちていた。平民出身の騎士が誕生し、礼儀作法を学びながら仕事をこなす。商人や下級貴族の子女が文官として勤め、命令系統も一新された。権威や特権を振り翳す貴族が排除され、風通しは良くなる。
相応の給与と報われる努力は、民にやる気をもたらした。何かが変わるのではないか? そう期待させるだけの輝きを放ち始める。
外部からの横槍で傾いたアードラー王国は、本来の在り方を取り戻そうとしていた。だが、それを望まぬ者もいる。
「王は横領された金を誤魔化し、息子可愛さに湯水のごとく使わせた」
新たな噂が王都に広まり始め、人々は目の前の事実との乖離に眉をひそめる。最初は笑い飛ばされた噂だが、真実味のある話は密かに飲み屋から浸透していく。家庭の愚痴に交じって、誰かを羨む言葉に潜んで……悪意はじわじわと心を染めていく。
光が明るくなるほどに、影は黒くなるのだから。




