68.国など要らぬ、その一言の意味
ロイスナー公王から親書が届いた。受け取るグスタフ王の手が震える。開封したら、国が終わるかもしれない。先祖が興し、曽祖父や祖父、父が繋いだバトンをここで途絶えさせるのだ。そう考えれば、手が震えるのも当然だった。
だが、原因は己にある。グスタフ王もさすがに自覚していた。仕事にかまけて、息子を放置したうえ、最優先にした政さえ失敗している。中抜きした伯爵家の存在、陰で糸を引いていたと思われる存在。何もかも自分で暴かなければならなかった。
実の父親を毒殺し、王位を簒奪したうえで……忠臣一家を殺害した『前回』の息子ニクラウスを思えば、グスタフ王に言い訳の余地はなかった。すべて己の愚かさから始まっている。
一つ大きく息を吐いて、手紙を開封した。便箋を開くのに覚悟が必要だったことが、かつて何度あっただろう。これほど緊張する場面も滅多にない。正面でじっと待つ宰相ヤンの喉がごくりと動いた。その音さえ聞こえるほど、緊張は末端まで届く。
「……王国は……要らぬ、と」
どんな感情による言葉か。ただ短く『貴国を併合する気はなく、助ける気もない』と記されていた。『前回』の怒りゆえか? 別の感情もあるのだろう。ロイスナー領が建国しようと思えば、もっと早くできた。先代公爵がすでに領地を立て直し、アードラー王国へ助けの手を伸ばしていたのだ。
騎士団の派遣、国家予算に占める納税額の貢献度、公爵が抑えてきた周辺貴族の台頭。もしロイスナー公爵家が敵に回れば、それだけでアードラー王国の歴史は幕が引かれる。それほどの一族を敵に回したニクラウスは、愚かさの極みだろう。
女神アルティナすら味方につけるロイスナー公爵令嬢ガブリエルは、恵まれた子だった。才能も美しさも、その血筋すら。何もかも持っているから、王妃に据えようと考えた。他国に奪われる前に打診をせず、婚約を命じた。娘の未来を一方的に奪われたと、そう感じるのも無理はない。
やり直しの前から、間違えていた。グスタフはようやく、心の底から愚かさを自覚して反省する。もう届かないと知りながら、謝罪したいと願い……許されないと知る。友人と口にするくせに、利用したツケか。
「この広大な領地を不要と……言われたのですか?」
「ヨーゼフは……いや、公王陛下は賢い。アードラー王国全土を受け取り、支配地域が増えることを利点と考えなかった。考えてもみろ。税収はさほど見込めない枯れた土地を得て、限界が近い国民が増える。そのすべてを養う役割だけ押し付けようとしたのだ。我らが悪い」
宰相ヤンははっとした。この方は視野が広くない。一つのことに夢中になり突っ走ってしまうから、補佐役に自分が選ばれた。だが、今ようやく……全体を見渡す目を得ている。手遅れだとしても、女神アルティナはやり直しを命じた。まだ救われる余地は残っている。
もっともっと、苦労して身を粉にして風に吹かれて消滅するまで。全身全霊を傾けて、国と王を守らなくてはならない。ヤンは甘かった覚悟を固め直し、その機会を与えてくれた公王に感謝した。




