66.理由を尋ねたほうがいいかと……
走り始めた馬車は、特に傷めた部分はないらしい。軽やかに車輪は回り、問題なく道を進む。その前後にばらけて、騎士団が取り囲んだ。客人なら相応の扱いが必要と考えたアウグストは、護衛がてら屋敷まで同行すると決めた。
「団長、異論はないのですが……その、おかしくありませんか?」
「だから、団長じゃない。ちゃんと辞表を出したし、お前も見ていただろう」
「ええ、辞表は私も出しました」
ヴィリはひとまず頷き、それから改めて懸念を伝える。
「ゼークト王国と国境を接しておりますが、公国は建国したばかり。治安など状況もわからぬ中、どうして王女殿下は護衛もなしで入国したのでしょうか」
護衛がいれば、ぬかるみに嵌まっても押してもらえたはず。助けを求めに行くにしても、護衛が全員消えるのは考えられなかった。ならば、最初から護衛はいなかったと考えるべきだ。
「親戚の家に遊びに行くだけ……ではないと?」
「はい」
ヴィリが丁寧に伝えたことで、アウグストも唸って考え込んだ。その間も馬は元公爵邸へ向けて、街道を進む。屋敷が見えるのは数時間後だろう。ちらりと後ろの馬車を確認し、アウグストは声をひそめた。
「なあ、連れ帰らないほうがいいのか?」
「わかりません。ただ、理由をお伺いしてもいいのかと」
「どうして遊びに行くのか、と聞けばいいんだな」
額を押さえたヴィリは、アウグストの足を蹴飛ばした。馬に当たらないよう配慮したのは、ヴィリらしい。鍛えた騎士であろうと、脛をブーツのつま先で蹴られれば痛い。
「うぐっ」
妙な呻き声のあと、アウグストは静かになった。
「護衛がいない理由です」
「……口で言え」
蹴らなくてもいいだろう。そんなニュアンスの文句を、ヴィリは聞こえなかった振りで流した。遊びに行く理由を聞こうとした上司には、よい薬だ。その程度の認識だった。
「この先で休憩する。その際に聞こう」
アウグストは副官の提案をあっさりと受け入れ、ちらりと後ろの馬車に視線を向けた。もちろん、馬車の御者が見えるだけで、中にいるカタリーナ王女と目が合うことはない。後ろを守る部下達は、のんびりした様子で風景を指さしていた。
危険は感じない。しかし王女が単独行動はおかしい。ヴィリと頷き合い、周囲に気を配った。速度を緩めて、ヴィリが後ろの集団に合流する。何か指示を出したのか、数人の騎士が前に上がってきた。
「団長、何かあるんですか?」
「わからないから警戒している。それと、団長じゃない」
アウグストはむっとした口調で部下に返した。ところが思わぬ返答に、目を丸くする。
「だって、ロイスナー公爵邸……今は公王邸? に到着したら、また騎士団を結成して団長が団長になるんですよね?」
アウグストが団長になるのは確定じゃないか。だったら呼び方を変える必要がない。予想外の指摘に、それもそうかと頷いた。アードラー王国の騎士団長は辞めた、その意識が強すぎて固執していたようだ。アウグストは苦笑いし、大きな手で部下の肩を叩いた。




