61.グスタフ王からの親書
受け取った手紙を玄関ホールで読むヨーゼフは、くしゃりと眉間に皺を寄せた。不安そうに見守るミヒャエラは腕を胸の前で組み、夫の様子を見守る。一つ大きく息を吐いて、ヨーゼフは感情を落ち着かせた。
「心配ない、ミヒャエラ。悪い話ではないから」
悪い話ではないと口にしながら、その表情は真逆だった。面倒ごとが持ち込まれたときのように、眉間の皺は消えない。そこへ手を伸ばそうとしたミヒャエラだが、杖を頼りに歩く父エッカルトに気づいた。差し出した手を引っ込めてしまう。
「急ぎの馬か?」
伝令を馬と呼んだエッカルトに、ヨーゼフは表情を和らげた。こういう時の和ませ方は、父娘でよく似ている。なるほど、見て覚えたのか。開封済みの手紙を義父へ差し出すヨーゼフの表情は、少し明るくなっていた。
「アードラー国王からの親書です」
「親書を手渡すのか?」
本来、親書とは宛書きされた人だけが開封できる。逆に言えば、開封する以外は受取人の自由だった。通常は他人に見られたくない内容や機密事項が多いため、他人に読ませることは少ないが。
「義父上も読んでいただきたい」
息子ニクラウスへの処罰、自称聖女への対応。加えて厳しい状況が記されていた。ヨーゼフにしたら、何かおかしいと何度も忠告したのに今更なにを……としか思えない。必死に仕事をする姿勢は素晴らしいが、足元を見ずに踏み出せば転ぶ。幾度となく口にした忠告が苦く口に残っていた。
民の様子を見たほうがいい。困窮しているが税率がおかしいのではないか? 机上の空論と現場が乖離している……。様々な忠告を口にした。実際にヨーゼフの領地では、そのようなトラブルは起きていない。民をしっかり見て向き合っていたら、このような事態に陥るはずがないのだ。
ヨーゼフにしたら、自分の話が右から左へ受け流されていた証拠としか思えなかった。
「なるほど……首を差し出すから民を助けろと泣きついたか」
ゼークト王国の公爵家、王家の血を色濃く引き継ぐ当主は唸った。王として最後の決断になる、そう考えたグスタフ王の言葉は潔い。エッカルトは知らない「巻き戻し」だか「やり直し」の『前回』を詫び、国を引き取ってほしいと懇願で綴られていた。
つまり国を任せるから、あとは頼む? なんとも都合のよい話だ、とエッカルトは口元を歪ませた。旅の途中でも耳にした『前回』とやらの話を聞いてからか。
「ヨーゼフ、ミヒャエラも……『前回』とやらの話をしてくれないか?」
手元の情報が足りない。そう突き付けた直後「うおっ!」と奇妙な声を出して、玄関ホールに崩れた。エッカルトの奇行に、慌てて動いたのは執事セシリオだった。
「腰ですね?! すぐに部屋に戻りましょう」
痛いと呻きながら肩を借りて歩くエッカルトを見送ったところへ、祖母クラーラと手を繋いだガブリエルが顔を出した。
「あの人はいちいち騒ぎが大きいんだから」
呆れたと告げた祖母と一緒に、ガブリエルも祖父の見舞いに向かう。その二人に寄り添う形で、公王夫妻も歩き出した。
「どうなさるおつもりですか?」
「これ以上の領地は要らないから、断るつもりだ」
ほっとした顔のミヒャエラと腕を組むヨーゼフは、結論を出していた。




