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わたくしは何も存じません  作者: 綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢をよろしく


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60.恋物語に耳を傾けて

 ガブリエルはお気に入りの小説を読む。穏やかな午後の日差しが降り注ぐ、庭の東屋は読書に最適だった。祖母クラーラは隣で編み物をしながら見守る。


「ねえ、おばあ様。恋をするって、どんな気持ちかしら?」


「……そうねぇ。私は結婚してから恋をしたのよ」


 恋愛結婚ではなかった。そう切り出した祖母の話に夢中になり、本に栞を挟んで膝の上に置く。そよそよと揺れる葉に、クラーラは目を細めた。


 婚約してろくに顔も合わせないうちに、結婚式となった。エッカルトは公爵家の嫡男で、年齢より大人びて見えた。とっつきにくい、口数の少ない人。最初の印象がこれだったのよ、とクラーラはころころと笑った。


「あの人は私に誠実だった。浮気はしないし、よそ見もしないの。すぐに愛せないかもしれないが、俺はお前が好きだって言ったわ。その言葉で私の覚悟が決まったわね。この人のいいところを見つけようとして、あれこれ騒ぎを起こして」


 ふふっと笑うクラーラの語りに、ガブリエルは夢中になった。ガブリエルが知る祖父は、厳しい顔で公爵として立つときか、くしゃりと崩れたおじい様としての顔だけ。どちらとも違う、祖母との恋物語はどんな小説より興味深い。


「娘が生まれて気づいたの……私、いつの間にかエッカルトを愛していたのよ。ミヒャエラの目元は、エッカルトによく似ているでしょう? だから、あの人にそっくりな赤子を見て……泣いてしまったの。嬉しくて幸せで、涙が止まらなかったわ」


 そこからは恋愛感情に振り回されたらしい。照れてしまい顔を合わせないよう逃げ回ったとか。ガブリエルの母ミヒャエラと、跡取りの弟モーリッツの年が離れていた理由がここにある。まだ若い孫のために、少しだけ言い回しを変えて。


 クラーラは穏やかに語った。その声と内容に、目を輝かせたガブリエルが呟く。


「いいなぁ。私もそういう殿方と会いたいわ」


「会えるわよ。あなたは女神様に愛されたいい子だもの」


 編み物の手をもう一度動かす祖母の様子に、話は終わりと判断したガブリエルは本を手に取り……また膝の上へ戻した。続きを読むのではなく、余韻を楽しむように目を閉じて上を向く。薄い瞼の中で、木漏れ日がちらちらと踊った。


 公爵邸への坂を馬が駆けてくる。カールやケヴィンではなく……足音に気づいたガブリエルは目を開いた。東屋のベンチの背もたれに手をつき、振り返る。目を閉じていた分だけ、音に敏感になっていたのだろう。じっと見つめた後、ベンチから滑るように立ち上がった。


「先に戻りますね」


「あら、では私も戻りましょう。もうすぐ日が暮れるでしょう」


 エッカルトの様子も見ないといけない。そう付け足した祖母に頷き、ガブリエルは手を伸ばした。微笑んで手を繋いだクラーラと歩く道は、いつもより遠い気がする。ラファエルがカールに稽古をつけてもらっている隣を抜けて、普段より賑やかな屋敷へ入った。

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