06.父親を殺して王位を簒奪した事実
国王グスタフは、昼の鐘と同時に立ち上がった。大量の記憶が流れてくる。信じがたい状況が走馬灯のように流れた。
体調には気を配ってきたし、体力もある。そう自負していたし、主治医も太鼓判を押す健康状態だった。それが突然倒れ、手足は動かず言葉もおぼつかなくなる。何が起きたのかわからぬまま、外からの情報に頼った。
毒を盛られた可能性がある。神妙な顔で告げた主治医は翌日から来なくなった。後で知ったが、息子ニクラウスが解雇していたらしい。代わりに入った医師は、ただ無言でベッドサイドに座り半刻ほどで出ていくだけ。治療どころか、診察の脈を取ることもしなかった。
グスタフが倒れて一年もすると、臣下も寄り付かなくなった。外部の話をする宰相は引退したと聞かされる。徐々に人が消え、シーツなどを交換する侍従すら減っていった。清潔だったシーツは饐えた臭いを放ち、体は痒さと痛みに覆われる。医師は一か月に一度、扉を開けて顔を見て閉めた。室内に入ることすらない。
その頃には、状況を理解していた。息子に謀られたのだと。
妻が早逝したため、我が子はニクラウスしかいない。能力の足りない王子を支えるため、ロイスナー公爵家の有能な令嬢を婚約者とした。不満そうなニクラウスを叱り、ガブリエルを婚約者として大切にするよう言い聞かせる。家柄、財力、才能……すべてを備えたガブリエルが王妃になれば、民も納得するだろう。
王政であっても、愚かな王に民も貴族も従わない。どうしてもさぼること、楽なことに向かう息子を情けなく思った。先だった妻に申し訳が立たないと、必死で導こうとする。それが息子にとって迷惑なのは承知の上だった。
結局、アレは力尽くで邪魔な父王を排除したのだ。その記憶が一気にグスタフを満たした。
最後の記憶は、無表情のニクラウスに胸を刺されて終わる。にやりと黒い笑みを浮かべた黒髪の女を連れていた。黒い瞳は闇のように深く、恐ろしいほど暗かった。
殺されたのは、病に伏して二年後くらいだろうか。それまで生かした意味は不明だ。だが、一つだけ確かなことがある。自分が死んだ後の治世に、何も期待できないこと。グスタフは王であり、国の頂点だった。民を潤し、貴族を動かし、国を豊かにすることが役目だ。
「他家から養子をとるしかあるまい」
ぼそりと呟き、立ち上がった椅子に崩れ落ちる。そこでようやく、グスタフは周囲が静かなことに気づいた。会議をしていたはずだ。大雨で崩れた橋を再建する予算や他国との関税の問題で、議論をしていたのに。
「……なんという……」
「恐ろしい、女神様へお詫びをしなくては」
宰相から文官、貴族、侍従に至るまで。脱力して頭を抱えた。我に返ったように、一人の貴族が女神アルティナへ祈りを捧げる。アードラー王国の宗教は一つ、祈る対象は女神アルティナ一柱だけ。侍従が膝をつき、文官達も同様に振る舞った。
「何が起きているのか」
呟いたグスタフ王へ、涙ぐんだ宰相ヤンが膝をついて王の手を額に押し当てる。
「あなた様が病魔に倒れてから、国は傾き……恐ろしい惨劇を以て女神様の罰が下されました。もう一度お会いできた奇跡に感謝申し上げます」
ヤンの言葉に、すとんと腑に落ちる。彼は倒れた王を見捨てて去ったのではなく、引き離されたのだ。ならば、誰の仕業だ? それ以前に、皆が女神に謝罪する理由は何か。グスタフは愚鈍な王ではない。他国に名を馳せた、知性の男だった。
ゆえに、悲しい事実に思い至る。王太子ニクラウスが、父親を殺して王位を簒奪した……。
「ヤン、集まった皆も頼む。知っている限りの情報をくれ」
臣下へ真っすぐに願った王へ、貴族だけでなく文官や侍従も証言という名の奏上を行った。




