58.最低限のケジメを
意味がわからない! 俺は王太子だ、直系唯一の王子だぞ? なぜ、地位をはく奪されるのか。言い渡された言葉に愕然とする。そのまま地下牢から引きずり出された。死ぬほどひどい目に遭ったが、死んではいない。それを突き付けるように、明るい光に目を焼かれた。
「うわぁ」
眩しすぎて目を開けられない。痛みを感じる両目をニクラウスは必死に庇った。瞼を閉じ、両手で目を覆う。それなのに、光は差し込んで痛みをもたらした。呻いて転げまわるニクラウスの隣で、獣の唸り声のような叫びが発せられる。
「いやぁ! あたしは悪くないのに、なんなの、これ……いたいぃ」
リリーか? 涸れた喉で叫ぶから、声がひび割れてわかりにくい。それでも耳を凝らすニクラウスをよそに、自称聖女は泣き叫んだ。自分がいかに虐げられたか、こんな状況は聖女に対する侮辱だと騒ぐ。だが誰も声を発しなかった。
人の気配を感じながらも、誰も干渉しない。そのことにニクラウスは恐怖を覚えた。この場にいるのは誰だ? 先ほど王族籍はく奪を告げたのは? 見えない目を片手で覆い、もう片方の手を伸ばす。触れたのは草だろうか。ぱたぱたと叩くように動かす手に、激痛が走った。
「かつて、我が息子であった者よ……愚かにも王位簒奪を企み、国を混乱に陥れた。女神様の怒りを買ったお前に、もう誰も助けの手を差し伸べることはない」
父の声だと判断し、踏まれた手から辿って、必死に縋った。掴んだ足を離したら、二度と会えなくなる。今なら泣き縋れば……甘い父は俺を許すだろう。
ニクラウスは良く知っていた。何か騒動を起こしても、罪を犯しても、父は自分を許すのだと。愛した母の忘れ形見であり、顔立ちのよく似た俺を見捨てられないはずと。少なくとも、それはつい先日まで事実であり……だからこそ『前回』父を排除できたのだ。
「処置せよ」
「はっ!」
蹴飛ばされて転がり、何が起きたのか理解できないまま手足を拘束された。後ろ手に縛られた状態で、身をよじって暴れる。ニクラウスの衣服の一部をはぎ取り、衛兵の一人が短剣を握った。王家の種を外へ出すことはできない。ならば「処置」して、種の流出を防げばいい。
過去に事例があったため、宰相らの進言で付け加えられた。
「ぎゃああああ!」
ニクラウスがびくりと肩を震わせる。すぐ近くで聞こえた声はなんだ? 絶叫する声に、恐る恐る目を開く。光が沁みて目を閉じるが、何度か瞬きして視力を取り戻した。
血を吐くリリーが転がり、げほっと赤い泡を吐き出した。汚れて臭い女は、間違いなくリリーだが……そこで、ニクラウスに激痛が走る。似たような絶叫を放ちながら、縛られた腕を下にして転がる彼の目に、悲しそうな顔の父王が映った。
これが……父親のすることか! 激痛の間に口にした文句は、王に届かなかった。子を残せないよう、ニクラウスは断種処置を行う。同様に、異分子がその血を残さぬよう、リリーの腹を薬で焼いた。この処置には麻酔草を与えられるが、罰であるため麻酔は与えられない。
救いのない現場で、饐えた臭いに血の生臭さが加わった。見届ける王の後ろに立つ宰相、大臣の表情は抜け落ちている。『前回』の狂気は、ここにも充満していた。




