57.誰もが壊れているのだ
罪人の塔へ幽閉、直轄領への蟄居――その程度では済まない。王太子という地位にありながら、婚約者の一家を陥れて処刑したのだ。いや、冤罪であったのだから処刑ではなく、ただの殺戮だ。
ここまで尽力してくれた騎士団長も、両手両足を切り裂かれたと聞く。拷問で動けない彼は、己の大切な親族が殺されるのをその目で見た。それはどれほどの怒りと悲しみ、苦しさを与えたのか。想像するのも恐ろしい。人並み以上に動ける者だからこそ、手出しできない腹立たしさは募ったはず。
様々な問題が積み重なる王都の状況を把握し、積み重なった書類を片付けるグスタフ王は、寝る間も惜しんで今後二年の情報を漁った。追放された大臣や文官、冤罪で処分された使用人、牢番として冷めた目で状況を見ていた者……それぞれが包み隠さず証言した。
王が倒れてすぐは、宰相や大臣が国を動かす。そのための仕組みが出来上がっているからだ。それを崩したのが、王太子ニクラウスだった。聖女を自称したリリーが加わることで、王城の機能はマヒした。有能な部下は切り捨てられ、注意した使用人が殺される。
生きていたとしても、王家に逆らった罪人の烙印を押されて放り出された以上、その後の人生は悲惨だっただろう。まっとうな者を排除した王城が腐るのは、当然だった。ニクラウスに阿る者、リリーを崇める連中が蔓延る城は、腐臭をまき散らす。
憎しみや怒りを露わに王に詰め寄る者もいれば、ただ悲しみを湛えて淡々と語る者もいた。誰もが失望を隠さず、それでも女神の采配に感謝する。もう一度あの苦しみを味わう可能性があると理解しながらも、やり直しの意味を探っていた。
「やり直せ、その意味を日々問うだけです」
執事長はそう告げて一礼した。彼も王の看病から外され、その身一つで王城から出されている。過去であり未来でもある人生を、他人事のように口にした。放逐されてもグスタフ王を案じる彼は、民から無理に税を取り立てる衛兵に口答えし……撲殺されたと語る。
「その者の顔は……」
「覚えておりますとも。ですが、彼らはまだ罪を犯しておりません。ゆえに断じる必要はないと考えます」
驚いて見つめる王へ、執事長は静かに付け加えた。
「状況で狂ったのか、それとも元から素養があったのか。どちらにしろ……女神様は見ておられますから」
同じことをしようとすれば、女神の罰が降るだろう。そう告げる執事長の表情に狂気を感じ、ぞくりと背筋が凍る。ああ、そうか。このアードラー王国に残された者は、皆……どこか壊れているのだ。グスタフ王はそう理解し、覚悟を決めた。
壊れた息子は処分しなくてはならない。人ではない異物の自称聖女は、女神アルティナを侮辱した。ならばアレも処分しよう。誰もが納得する形で、まずは己の罪科を清める。
「話は参考になった。下がってよい」
執事長を見送り、残った宰相ヤンに視線を向けるグスタフ王は大きく息を吸い込んだ。
「ニクラウスは王太子の地位をはく奪、王籍を消して遡ったうえで平民として罪状を償わせよ」
簡単に殺すな、そう吐き捨てたアウグストの言葉が蘇る。平民として償うなら、数回死んだ程度では贖えない。一礼して覚悟を受け止めた宰相は、口角を歪ませる王の顔から目を逸らした。




