56.どこで間違えたのか
ついに騎士団がロイスナー公爵領、いやロイスナー公国へ出発した。帰ってしまったと表現するのが正しいか。一列になって堂々と王都を出ていく騎士団を、王城の窓から見送る。
残念だが、彼らには帰る場所があった。それがアードラー王国ではなかっただけのこと。借りたものを返すのは常識だと言い聞かせながらも、今後の不安を溜め息と一緒に吐き出した。
グスタフ王率いるアードラー王国には、まだまだ課題が山積みだ。騎士団の構築、戻された貴族や民との関係修復、神殿とのやり取り……王位の簒奪を目論んだ愚息と、将来聖女を名乗る異世界からの異物の処理。簡単に殺すなと言い置いたバーレ伯爵アウグストは、その場で爵位も捨てた。
今後はロイスナー公国の爵位を得る。不要だと置いて行かれた爵位は、他にもあった。騎士団の副官として文武両道で名を成せたアンテス子爵、部下の男爵達も含まれる。親族に爵位を譲った者もいるようだ。あとで申請書が上がって来るだろう。
「いなくなってしまったな」
「……捨てられたと言い直しては?」
「ヤン、さすがにそれは辛い」
宰相ヤンの辛辣な一言に、ゆっくり首を横に振った。頑張ってきたが、その努力は途中で捻じ曲げられた。結果として民が苦しみ、忙しさを理由に王は気づかなかったのだ。どう言い訳しようと、現実は事実であった。
「まず、置き土産のクンケル伯爵家から調べるとしよう」
王の一言で、大臣達が動き出す。新たな文官を補充したり、戻ってきた者を再雇用した。文官の手は足りているが、使用人や騎士は不足している。貴族との対話を進めて、早々に騎士や兵士を補充しなくてはならなかった。加えて、王城の使用人も貴族子女が必要だ。
最低限の礼儀作法と爵位に準じた上下関係を理解できる者でなくては、城での上級使用人は務まらない。王都から逃げても、女神により戻される。この話が広まってから、徐々に王城への応募が増えていた。見極めて雇うのも、一苦労なのだ。
「侍女長と執事長には、相応の手当てをやらねば」
グスタフ王はそう呟き、執務室に飾られた肖像画に視線を向けた。幸せそうな自分と亡き妻、幼い頃の息子が描かれた肖像画だ。そっと退室する宰相に気づきながら、王は肖像画から目を離せなかった。
優れた王になるよう立派な教師をつけ、母がいないのでやや甘やかした。どこで間違えたのか。お父様の手伝いをするのだと、元気に勉学に励んだ頃が嘘のようだ。親を殺して王位を簒奪しようと考え、実行に移した。そこまで腐ってしまう理由はなんだ?
聖女を自称したリリーか。婚約者を定めたところから間違ったのか? 何もかも、己のすべてが間違っていたような気がして、吐き気がする。ぐっとこみ上げた苦いものを、堪えて呑み込む。吐き出すことさえ、許されないのだ。
「あの子を女神アルティナ様は処分なさらなかった……つまり、それが答えか」
簡単に消滅させて終わりになどするものか! 目の前にいたら、ヨーゼフもそう叫んだだろう。かつての友人を思い浮かべ、我が子への処分を考える。王になんぞ、なるものではないな。だが、王となり人の上に立った以上、責務を放棄するつもりはなかった。
「簡単に終わりにせず、誰が見ても罰に見える方法を……」
嘆くのがこの胸一つで済むなら、安いものだ。グスタフ王はそう自嘲し、肖像画から目を逸らした。その日の夜、この肖像画は侍従達によって片付けられ、二度と執務室の壁を飾ることはなかった。




