55.いまさら終わりにはできない
元から末端は切り捨てる予定だった。だからクンケル伯爵家の二人が捕まったことは、どうでもいい。彼らはどうせ、大した情報を持っていないのだから。こちらまで捜査の手が及ぶ心配はしなかった。
初老の男性は、手入れの行き届いた顎髭を何度も手で撫でる。考え事をする際の癖だった。意図して触れることもあるが、ほとんどは無意識に出る。触れる髭は黒に近い色に白が混じり、グレーの印象を与える。髪色と同じだった。
「大旦那様、処理が終わりました」
長年仕える執事が、静かに頭を下げる。悪事であろうと手足となって働く彼を、重宝してきた。相応の報酬で報い、その忠誠を受け取る。だが、そろそろ年老いた彼を自由にしてやるべきか。人生最後の大仕掛けが失敗した今、道連れにするのは気が引けた。
「ベニート、今日までご苦労だった。これで終わりだ」
「いえ。最後までお供させていただく所存にございます」
口答えなどしなかった執事の反論に、目を見開く。顎髭に触れる手が止まり、またゆっくりと動き出した。
「そうか? ならば連れて行こう」
女神アルティナのやり直しで、すべてが台無しになった。準備したアードラー王国の崩壊は、夢と消える。人生を懸けて仕掛けたというのに、まさかひっくり返されるとは。それも人智を超えた現象で、だ。納得は出来ないが、最後まで足搔くことはできよう。
薄暗い屋敷の廊下を歩く彼の足音は、どこかぎこちなかった。片足が義足なのだ。杖を突いているため、その音も混じって足音は歪に響いた。
クンケル伯爵から辿る道は、執事ベニートが断った。女神が絡んでいる以上、どこから尻尾を掴まれるかわからない。崩れた計画を再構築し、先手を打つしかあるまいな。
己の復讐のため、男は人生を計画に注いだのだから。いまさら、手を引いて終わりにはできなかった。
「さあ帰るぞ」
国王グスタフに挨拶を済ませ、バーレ伯爵アウグストは声を張り上げる。騎士達から「おう!」と応えがあり、騎士団は王都を後にした。
ジーモンが見送る後ろで、バルバラが「金づるが消える」と嘆く。騎士団は娼館にとって良いお客だった。金払いが良く後腐れがない、娼婦達に暴力を振るうこともないため人気があったのだ。娼婦達も馴染の客に手を振り、別れを惜しんだ。
「アードラー王国はどうなるやら……ま、俺は引退したから知らんけどな」
面倒ごとは御免だ。そう滲ませて、ジーモンは踵を返した。最後まで見送るのは気持ちがめげる。ぱっと飲んで騒いで、振り切ってしまおう。
「おう、酒を出してくれ」
「……飲むだけなら他の店に行っとくれ」
甥……自称姪のバルバラに尻を叩かれ、ジーモンは渋い顔をしながら背を向けた。そんな彼らの脇を、執事を連れた初老の男性が通り過ぎる。杖を突く姿に一瞬足を止めて振り返るも、ジーモンは「酒だ酒」と呟きながら肩を丸めた。




