05.無理を承知で頼む
半日で荷物を積んで、馬車は走り出した。ガブリエルはいつもより揺れる馬車に、首を傾げる。道が荒れているのかも。数日前に雨が降ったから、そのせいだわ。様々な知識を吸収させられたガブリエルは、同じ年齢の子より聡い。
元からの賢さに加え、未来の王妃たるべく教育された水準が高すぎた。正直、愚かな王太子の尻拭い役なのでは? と公爵夫妻は懸念していた。
遠ざかる屋敷を見ながら、ミヒャエラはほっと息を吐きだす。家族だけの馬車は、長期移動用だった。長細い馬車は寝台に似た作りで、腰掛けがない。代わりに低い肘置きのような円柱クッションが用意されていた。
「僕、この馬車は好き!」
ラファエルがはしゃいだ声をあげるので、嬉しくなったガブリエルも隣に寝転ぶ。王城では「お行儀が悪い」と叱られる行いも、父と母は笑顔で見守っていた。並んで窓から景色を楽しむ。住み慣れた屋敷が遠くなるのは寂しいけれど、王城が小さくなるのは嬉しかった。
後ろに続くのは、付き従う侍女達を乗せた馬車だ。さらに外出用の荷馬車が続く。領地との往復も多い貴族だが、数日の道のりは野営もある。テントから調理道具まで、荷物を運ぶ必要があった。
幌馬車では足が遅いうえ、見た目が悪い。寝台タイプの馬車に似せた外見で、荷を運ぶ馬車を仕立てるのが伯爵家以上の常識だった。野営の際は荷を下ろすため、雨の場合は護衛の騎士や御者が休む場所にも使える。
ロイスナー公爵家の紋章を付けた一団は、貴族とは思えぬ速さで街道を走り抜けた。ロイスナー領の端まで、通常三日の距離がある。半分に短縮するつもりで走らせる御者は、馬の疲労を見て休憩を判断した。
すでに日が暮れ始めた馬車の中で、幼い姉弟は眠っている。起こそうか迷い、ミヒャエラはそのままにした。馬の疲労が激しく、途中で交代する必要がある。街道沿いにいくつか、馬を預ける中継地が用意されていた。昼過ぎに一度馬を交換しているため、このまま野営に入るのも検討される。
「あなた……」
「先に進みたいが、皆は限界だろう」
乗り心地が改善された長距離用の馬車ならともかく、後ろに続く馬車は一般的な作りだ。当然、街道の揺れが直接伝わるので疲れる。加えて、荷馬車のほうは御者の交代ができなかった。
事前の準備ができず、最低限の人員と装備で出てきた以上、あまり無理は出来ない。ヨーゼフの判断で、街道脇の集落で野営の準備を始めた。集落は大きくないため、宿屋がない。テントを張って休むことにした。
「悪いが、早朝に出られるか?」
「頑張ります」
「無理は承知だ、頼んだぞ」
御者は前回を覚えていた。ただの御者に命じれば済むところを「悪いが」と付け加える、とても優しい旦那様だ。公爵家のご一家が無事に到着できるなら、最大限の無理をしよう。もし後ろの馬車が遅れるなら、ご一家だけでも先に領地へ届けたい。本心からそう思っていた。
お嬢様より一つ上の娘がいる御者は、同僚達に話してきた。熱が出て苦しそうな娘に、奥様は医者と薬を手配してくださった。旦那様のご命令で、栄養のある食事を頂いた。お陰で娘を失わずに済んだ御者は、いまもその恩を忘れていない。
焚き火を囲んでの野営を、子供は大いに喜んだ。切迫した状況らしいと理解しつつも、串に刺して焼いた川魚に目を輝かせる。お上品に食べなくていい、こんな経験は初めてだった。口を開けて齧り、ラファエルは汚れた手をシャツの裾で拭こうとした。見つかって、ガブリエルが止める。
「あらあら、ラエルったら」
ミヒャエラが明るく笑い、頬を緩めた侍女達が濡れた布巾を用意した。豪華とは呼べないものの、満足する食事を終えた一家は馬車で休んだ。すぐに出かけられるように。一日馬を走らせた御者、鎧で随行した騎士にテントを譲る。
「ゆっくり休んでくれ。明日の夜には領地に入りたい」
ヨーゼフの無茶な要望に、全員が頭を下げて了承を示した。公爵達が馬車に戻ると、侍女達は情報の共有を始める。前回を覚えていない者にも、話して聞かせた。すすり泣く声を必死に殺し、夜空を見上げる。美しい星空へ両手を組んだ。
「なにとぞ、ロイスナー公爵家をお守りください」
女神アルティナへの祈りは、野営地以外からも捧げられた。




