47.静と動がくっきりと
兄に手紙を出したアウグストは、返事を待っていた。独立を知らせる手紙へ、こちらの実情を書いて送った。すぐにも返信があるだろう。公王となった兄ヨーゼフの考えを推し量るには、力が足りない。アウグストは己をそう判断した。
問題が起きれば解決してくれる兄は、アウグストにとって主君以上の存在だ。王に仕える形の騎士団長だが、常に気持ちはロイスナー公爵領へ向いていた。領地のために国を守る。この考えは部下達も同じだった。
「団長、こちらですが」
副官のヴィリが持ち込んだのは、王太子ニクラウスへの差し入れだった。といっても、ヴィリが用意した物ではない。グスタフ王が手配した商人からの着替えだった。高価な絹ではない綿の質素な服だが、あの地下牢では有難い品だろう。
地下であるため湿気や寒さに襲われる環境で、綿は温かく身を包む。濡れても乾きやすく、肌に張り付いて体温を奪う心配も少なかった。親心から選んだ服だが、あのバカ息子には届かないだろう。綿など要らないと怒りだす姿が想像できた。
『前回』、アレが可愛いガブリエルの婚約者だった。そう考えるだけで腹立たしい。アウグストの表情から心情を察したヴィリが口を開いた。
「差し入れは権利ですので、奪えませんよ」
「……っ、わかっている!」
わかっているから余計に頭にきた。だが法を曲げて他者の権利を侵害し、復讐したら……絶対に兄に叱られる。ヴィリの忠告もその意味だろう。堪えて、大きく息を吐いた。
アウグストが落ち着いたのを見て、ヴィリは上着の内側から手紙を取り出す。ひらひらと揺らせば、面白いようにアウグストが食いついた。
「それは! 兄上からの手紙か?」
「ええ。ロイスナー公王様からのお手紙です。どうぞ」
寄越せと言われる前に手渡し、ヴィリは背を向けた。団長の執務室の扉を閉め、その上に寄り掛かる。ようやくここまで来た。独立したロイスナー領に戻れるはず。手にした差し入れをさっさと牢番へ渡そう。ヴィリはやや浮かれた足取りで、地下牢がある北側へ向かった。
「国王陛下が、人を集めている?」
人材募集や貴族から騎士を徴用する話は、王都に住まう民の間に広がり始めた。文字の読み書きができれば文官の道が開かれ、計算もできれば出世できる。逃げ出そうとしたが王都へ戻された民には、朗報に思われた。
一度は王城に攻め入ったが、考えてみれば王太子や聖女を騙る女が原因だ。きっと増税や不当な法と搾取も、アイツらが原因だったに違いない。民はそう考えた。その都度、自分達に都合よく物事を捉える。それは一種の才能なのかもしれない。
騒がしくなる王都や民をよそに、教会は無言だった。祈りに訪れる者に、女神像がある祈りの間は解放されている。けれど、教会関係者は今までと同じ日常を送る。祈りを捧げ、神への感謝を伝え、淡々と……まるで『前回』など忘れたかのように。




