44.独立の決意が語られた
「本当なら、アウグストが戻ってから話すつもりだったんだが」
そう切り出したヨーゼフの計画は、驚くべき規模だった。他国と接する地の利を生かし、険しい山脈を守りとする。国から独立して、公国を興すという壮大な内容だ。驚いたガブリエルは母の顔を見上げた。
「この領地なら十分にやっていけるわ。いざとなれば隣国に頼ることも可能なの」
言われて思い出す。山脈の間を通った先、隣国にはミヒャエラの実家があった。ゼークト王国の公爵家出身のミヒャエラは、長女である。弟が跡を継ぎ、ちょうど今頃は王女殿下を娶ったはず。
「こちらに戻ってすぐ、弟には手紙を出しました。お父様やお母様も健在なのですから、頼ることはできますよ」
ガブリエルは優しい祖父母を思い出し、こくりと頷いた。婚約が決まって王都に行く前に、何度か隣国へ遊びに行った。もちろん、祖父母が遊びに来たこともある。互いに行き来して交流を深めた頃を思い出し、ぽつりと呟いた。
「もう一度会いたいなぁ」
「会えるわ。事情を聞きに飛んでくるんじゃないかしら?」
からりと明るく笑う母の言葉に、ガブリエルは「飛んで?」と繰り返した。本当に空を飛べそうな力強い人達だ。お土産を用意して、こちらに来てくれるかもしれない。
「国を興すなら、ゼークト王国にも挨拶が必要だ。ぜひ義父上に協力してもらおう」
ヨーゼフの言葉に迷いはなかった。ロイスナー公国を興すことは、彼の中で決定事項になっていた。ガブリエルは嬉しいのと同時に、少しの恐ろしさも覚える。
「……本当に、国を分ける必要があるのでしょうか」
法律や歴史を学んだからこそ、盛者必衰の理は理解している。器のない王は見限られても仕方ないと。けれど、ガブリエルには『前回』の記憶はなかった。話として聞いても、実感に乏しい。
国を分けて距離を置くほど、国王陛下が危険な人とは思えなかった。勉強ができると褒め、こっそりお菓子を渡したあの人が……。忙しい中でも時間を割いて、私の様子を見に来てくれたのに。
「リルの優しさは、女神様の贈り物だと思うわ。素敵な考えだし、大切にしてほしい。独立はヨーゼフと私が決めたこと。国庫を潤して国力を支え、それでも裏切られた私達にもう王は要らないの」
母ミヒャエラは、淡々と語る。その声が静かだからこそ、ガブリエルは悟ってしまった。今後の独立は、もう止められないのだと。
「心配するな、リル。仲が良かった隣の家との間に塀を立てたからって、交流が途絶えるわけじゃない。ただ境界線をはっきりさせるだけだ」
ヨーゼフの説明は正しい。ただ国民や他の貴族がどう受け取るか、その視点はあえて語らなかった。何が起きても我が子らを守る。領地や領民を奪わせない。その覚悟を目の当たりにして、ガブリエルは自分なりに決意を抱いた。
家族や使用人達、私の知る皆が笑って暮らせるよう……私も頑張るわ。




