43.立ち向かう覚悟と決意
食後すぐなので、お茶は用意されていない。準備をして、室内に家令アードルフが残った。執事や侍女は一礼して下がり、ガブリエラは母と並んで座る。向かいに腰掛けた父ヨーゼフが、大きく息を吐いた。
「ガブリエル。順番に話すからよく聞いてくれ。質問は都度挟んで構わない」
「はい」
何やら難しそうな話だと判断し、ガブリエルは姿勢を正した。膝の上に揃えた手の上に、ミヒャエラが手を重ねる。温もりに気持ちが楽になったガブリエルの表情が和らいだ。
「この世界はやり直しの最中だ」
順番に話してくださるのでは? ガブリエルにしたら、唐突な始まりに聞こえた。そこから『前回』と呼ぶ恐ろしい話に入っていく。王太子の婚約者のままでいたら、四年後に家族も含めて全員殺される? それも冤罪で首を刎ねて……。
「本当ならまだ幼いリルに、こんな話はしたくなかった。領地へ戻れば守りを固められる。だから、急いだが……守られるリルが何も知らない状況では、守り切れないと判断した」
王都の屋敷を引き払ったこと、旅が強行軍だったこと。なぜか迎えの従兄達が緊張していたこと……すべてに説明がついた。王太子ニクラウス殿下との婚約を解消すると言い出したのも、王太子妃教育をしなくてもいいと聞いたのも。『前回』と『やり直し』に繋がっていた。
震える手を握るガブリエルは、母ミヒャエラの手に髪を撫でられた。ゆっくりと黒髪を滑る手の優しさと温もりが、気持ちを落ち着けてくれる。
「話を覚えておいてくれるだけでいい。守りは私達の役目だ」
ヨーゼフは穏やかな口調でさらに続けた。記憶のある者とない者がおり、女神様の声を聞いていない使用人も多くいる。だが、すでにこの屋敷で情報共有は済んでおり、知らなかったのは自分だけ。ガブリエルは話を聞きながら、ぽろりと涙を零した。
「っ、すまない。つらかったか?」
「いいえ、お父様……守られているのが嬉しくて」
記憶がない『前回』に関しては、怖い物語を聞いた程度にしか認識できない。お父様やお母様が殺され、弟のラファエルも? ガブリエルには想像できなかった。公爵令嬢に生まれ、王太子妃教育を受けてきたのだ。権力や権威を学んでいた。
王族とは、貴族の頂点である公爵家すら滅ぼせる。今までに実例がなかっただけで、冤罪で殺すことも可能なんだわ。
浮かんだ恐れに、学んだ知識が重なっていく。様々な手を打ち、他の貴族を取り込めば……出来るのかもしれない。気づいたことで、現実になる恐怖が身を震わせた。
「大丈夫よ、私達が必ず守ります。今度こそ、絶対に守るわ」
首を落とされるその時まで、我が子の心配をした。可愛い息子と娘を守ってくれるよう、女神に祈った。ミヒャエラやヨーゼフの祈りは、違う形になったが女神アルティナに届いたのだ。ならば、与えられたチャンスを活かす方法を考えるべきだろう。
「私も家族を守りたい。立ち向かいます」
決意を込めて、ガブリエルは宣言した。この言葉は世界に刻まれ、女神へ届くはず。濡れた頬をそのままに、赤い瞳を輝かせたガブリエルが胸を張る。アードルフがお茶の支度を始め、柔らかなハーブの香りが部屋に広がった。
「戦われるのならば、私どももお供させていただきたく……使用人一同、運命を共にする覚悟が出来て御座います」
家令の参加表明に、公爵夫妻と愛娘は微笑みで応えた。




