42.話さなければならない
ラファエルがカールに剣術を教わっている。近くの木陰で休むガブリエルは、読んでいた本から顔を上げた。夢中になって読んだ小説は、侍女に教えてもらった。最近流行りの小説らしい。ずっと勉強ばかりで、歴史書や難しい学問ばかり。読書を楽しいと思ったのは、本当に久しぶりだった。
母と読んだ絵本は楽しかったな。そう呟いたら、侍女達がこぞってお勧め小説を用意してきた。学術書と違う華やかな表紙の絵に、笑顔で受け取る。一冊ずつ、楽しく読み進めた。恋愛小説、妖精と冒険する話、小さな男の子の成長の物語。どれも興味深い。
「リル、ラエル。今日は外でお昼にしましょう……カールとケヴィンは手を洗ってきてね」
ラファエルは母ミヒャエラの声を聞くなり、すぐに手を洗いに走った。逆に従兄二人はそのまま向かおうとして、ダメだと叱られる。くすくすと笑いながら、ガブリエルは本を小脇に抱えた。挟んだ栞は、以前にアウグストが買ってくれたものだ。
「お母様、お父様は?」
「すぐに来ますよ。ほら」
笑顔の母が示す先で父の姿を見つけ、ガブリエルは嬉しそうに手を振った。駆け寄るヨーゼフが抱きかかえ、ぐるりと回ってから降ろす。スカートがふわりと風に揺れた。
「きゃぁ!」
「レディに失礼だったかな? でも可愛い娘を抱き上げるのは、父親の特権だ」
「僕は?」
「もちろん、立派な息子も抱き上げてやろう」
ラファエルも抱き上げられ、二周回って下される。幼い頃に戻ったみたい、ガブリエルはようやく心の底から深呼吸できていた。王宮では常に気を張って、他人の目を気にする必要がある。揚げ足を取られないよう言葉に注意し、深呼吸する余裕さえなかった。
「ガブリエル、大事な話があるんだ。食事のあとで時間をくれるかい?」
ヨーゼフが穏やかに、けれど真剣な表情で尋ねる。珍しいと思いながら、ガブリエルに拒む理由はなかった。素直に頷くと、ミヒャエラの顔も緊張が走る。けれど、すぐに緊張は解けた。
「うまそう!」
「すっげぇ豪華だ」
「ダメよ、二人とも……言葉遣いに気を付けて」
ミヒャエラに注意され、カールとケヴィンが肩を竦める。皆で大木の木陰に敷いた絨毯の上で、ゆったりと輪を描いて座った。侍女が運んできた籠から、様々な料理が並べられる。すべて手で摘まんで食べられるよう、工夫されていた。
パンの間に肉や卵料理を挟み、スープも深いカップに注がれていく。カトラリーが要らない料理を楽しみ、談笑して食後の時間を過ごした。
「じゃあ、ラファエルは頑張ってこい」
ヨーゼフに促され、従兄二人と剣術の稽古へ向かうラファエルを見送る。ガブリエルは読みかけの本を抱え、ミヒャエラと手を繋いだ。
「ラファエルはいいの?」
「ああ、あの子は……後で話しておくよ」
歯切れの悪い父に首を傾げるも、ガブリエルはそれ以上追求しなかった。『前回』を知らない娘に、どう切り出そうか。殺された事実を隠すべきか。迷いがヨーゼフの足取りを重くした。




