41.やたらと羽振りのいい貴族
暗殺犯の捜索はこのまま請け負う。ジーモンにそう伝え、バルバラは娼館の片付けに入った。というのも、戻ってきた家具は部屋の中央にどんと置かれたまま。ここから各部屋に戻すのは人の力で、らしい。
「女神様って意地悪よねぇ」
愚痴りながら、大きな家具を二人掛かりで担いだ。使用人達も苦笑いしながら、棚や机を並べていく。営業できる状態ではないため、娼婦達も手伝い始めた。
「ケガをしないようにね」
愛犬達が自室で鳴いているため、出向いて抱きしめる。離れた数日が堪えたのだろう。可哀想にと頬をすり寄せ、大好きよと伝えた。それから着ていた上着を置いて出る。寄り添って待つ姿勢を見せる犬達に手を振り、再び店の片づけを続けた。
周囲の家や店も同様らしく、どの家も遅くまで灯りが消えない。窓を開けたまま、家具を引きずる音を響かせて……王都に戻された民は女神の采配に従った。
また逃げても戻されるらしいと噂を聞いたのは、それから数日後のこと。やっと営業できるところまで店が片付き、料理人達が腕を振るい始めた頃だった。
「そういや……羽振りのいい貴族に心当たりない? 豪快にお金をばら撒く客、高価な贈り物をする客、身分に似合わぬ豪遊の客……」
指折り数えながら、バルバラがわかりやすい例を挙げる。娼婦や使用人は学がない者ばかりなので、曖昧な質問だと望んだ答えが得られないのだ。続けようとしたとき、娼婦の一人が口を開いた。
「いたわよ? えっと……ほら、こないだ身請けされたオラジャ。あの子の借金どころか、かなり大金払って連れて行ったって聞いたわ」
「ああ、ライラの太客ね。確か伯爵家だけど、当主じゃないのよ。なんであんなにお金があるのか、って噂になったわ」
「あたしも知ってる!」
何人もが噂を知っていた。それどころか、同席して食事していた使用人の一人も付け足す。
「なんでも金塊だか宝石だか、気に入った女の子に渡していた人ですよね? あまり貴族らしくない人だったんで、覚えています」
話の途中で気になる表現があった。バルバラは首を傾げながら「もしかして、うちの店にも来たの?」と尋ねる。
「忘れちゃったんですか? アデラに身請け話があったでしょ? ほら、金貨を大量に積んで……不審がって渡さなかったとき」
隣のアデラを妹のように可愛がる、娼婦イサベルが実例を出す。確かに数か月前、そんな話があった。あまりに高額すぎる身請け金と、この男がほかにも身請けした他店の話を知っていたから……断ったはず。肘をついたイサベルが、行儀悪く手でハムを摘まんだ。
「渡さなくって正解でしたね」
頷きながら、多分その男が何か絡んでいる。受け付けの帳票に名前が残っているかもしれない。明日にでも知らせよう。考えながら、無造作に果物を口へ放り込んだ。あまりの酸っぱさに、くしゃっと顔が歪む。
「すっぱ!」
「嫌いなのに珍しいなと思ったら、間違えたの?」
けらけら笑う娼婦達に、苦笑いしながらバルバラの頭は不審な貴族のことでいっぱいだった。




