40.守る者ははっきりしている
「はぁ? 戻ってきた? なんで!」
見慣れた使用人の一人が報告に現れ、バルバラは城門前で叫んだ。せっかくロイスナー公爵領へ送り出したのに、娼婦や使用人達が戻された。それも人の手ではなく、女神の仕業らしい。教会が公式発表した話と合わせ、嘘ではないと知ったバルバラは乱暴に髪を掻きあげた。
安全に脱出し、途中で襲われないように手配した。商隊と同行させ、荷物もすべて運び出させたのに……全部元通り。ただ、戻らなかった物もある。
「……支払った対価はそのままよね」
同行させる商人や護衛に支払ったお金は、財布に戻ってこなかった。どうせ戻すなら、ここも元通りにしてくれたらよかったのに。愚痴りたい気持ちを呑み込み、ひとまず営業を再開するよう伝える。商人の一部や王都の住人達も帰されたようだ。客はいるだろう。
脱出に失敗して自棄になった客もいるから、娼婦達の安全に気を付けるよう。普段より強く指示して使用人を帰した。
「奇妙な現象ですね」
城門の修復状況を見に来たヴィリは、耳に届いた話に首を傾げる。ロイスナー公爵家から派遣された王家の騎士団は、王都の生まれはほとんどいない。となれば、元通りに領地へ戻してくれたらいいのに……同行した部下からそんなぼやきも聞こえた。
「我々の順番がまだ、という可能性もあります」
「それならいいっすけど、まさか俺らもロイスナー公爵領へ戻ったら王都へ飛ばされたりしないですかね?」
「……わかりません」
ヴィリは女神の言葉や気持ちが読めるわけではなく、教会の偉い人のように神託を受ける立場にもない。想像すれば悪い方向へ向かいそうなので、笑顔で部下の背を叩いた。
「考えても仕方ありません。さっさと王都での仕事を終わらせて帰りましょう」
ここは帰る場所ではない。仕事で滞在する場所だ、と改めて口に出した。女神がこの言葉を聞いて、騎士団を憐れんでくれるように。そんな祈りを込めて、ヴィリは踵を返した。
城門前で立ち尽くすバルバラは、頭の中で忙しく考えを巡らす。娼婦達は元々小さな集落の出身者が多い。税が高い領地出身者や、不作で金に困った親に売られた者ばかり。頼る親族がいないから帰されたのなら、最後まで面倒を見るのがバルバラの役目だろう。
「覚悟を決めるしかないわね」
やれやれと首を横に振り、バルバラは一つの結論を出した。
「何にしろ、報酬は消えた……」
伯父ジーモンが出した「ロイスナー公爵への顔つなぎ」の報酬が消えた。愛犬や娼婦達も戻ってきたのだから、ここがバルバラの戻るべき場所なのだろう。
「帰ろう」
自然とその単語が口をついた。帰る場所は娼館なのだと自覚して、バルバラの口元が歪む。守るべきものは、可愛い我が子同然の犬達。いつも一緒にいた娼婦や使用人達。それ以上に大切なものなどない。唯一消息がつかめる身内ジーモンより、彼らのほうが優先だった。
振り返ったバルバラは、そのまま城門を出て歩き始める。呼び止める者はいなかった。




