39.予想できなかった現象
その頃、ある村で不思議な現象が起きた。
王都へ嫁いだ娘は、家族を連れて戻ってくる。ここから異変が始まった。周囲の家も、出て行った息子が帰ってきたと喜んでいる。朗報が舞い込む一方、外部から流入しようとする人間が増えた。田舎では親族関係がものを言う。祖父の代まで遡ろうと、誰かの親族であることが大事だった。
王都から離れれば離れるほど、保守的な傾向は強まる。逃げてきた人達が罪人の可能性もあるとして、村は親族ではない者らの移住を拒んだ。近隣ですでに何度か断られていた男が激怒し、声を荒らげる。拳を振り上げて、危害を加えようとした瞬間……男は消えた。
信心深い村人の一人が「女神様のお慈悲だ」と騒ぎ「ご加護の間違いじゃろ」と訂正されながらも、村中に広まる。その間にも、移住を希望した王都からの何人かが、人前で消えた。忽然と、何の予告も音も不思議もなく、ふっと消える。
「消えた連中はどこへ行ったんだ?」
親族ではないし、構わないか。そんな口ぶりで、村人達は深く追求しなかった。それは周辺の別の村や町でも目撃され、ついには街道沿いで歩いている人が消える現象も発生する。国民全体に噂として広がり続け、神託を得たとして教会が事実のみを公表した。
――女神アルティナ様は、やり直しを命じられた。前回と同じ場所でやり直すように。
勝手に王都を逃げ出して終わりにはできない。教会の示唆する内容は厳しかった。だが、人々は起きている不思議な状況に納得する。親族がいる者は頼っても、戻されない。この意味を「家族は寄り添って暮らすのが正しい。だから王都から家族の元へ戻って生活することは許される」と解釈した。
正しいかどうかは難しい判断だ。祈っても女神の声は聞こえないのだから。ただ人々は起きた現象から、真意を探るしかない。戻された者は王都で暮らし、家族と暮らして年老いた親を助ける子らは残される。若者が減って崩壊寸前だった村は息を吹き返した。
老人達はこれこそが女神の慈悲であると感謝し、さらなる祈りを捧げた。
近隣地域でも噂が聞こえるようになり、領主である貴族の耳にも届き始める。彼らが調査を始めたことで、ようやく全貌が見えてきた。出身地へ戻る場合はそのままだが、縁のない土地への新規移住が取り消されている。そう、取り消しと表現するのが近かった。
住んでいた土地に戻され、持ち出した家財や家具もそっくり元通り。人の手で行える奇跡ではない。もう一度脱出を試みた者もいたが、やはり戻された。この話が王都で噂になるまで、あと少し。




