38.頭脳役が足りないので要請する
牢番からの報告に、アウグストは頭を抱えた。どうしましょうか、なんて相談されても困る。本音はその一言に尽きた。可能なら、八つ裂きにして処分したい。可愛い姪と甥の首が転がった光景は、今も悪夢に魘されるほどだ。
仲良く過ごしてきた兄夫婦が、我が子だけは助けてくれと懇願しながら殺された。すべて王太子による冤罪だ。それを病床の王に訴えようとして、手足を壊された。最初に感じたのは熱、痛み、そして……届かなくなった無念、最後が絶望だった。
黒く染まった心の大半は、まだ怨嗟を吐いている。元凶であるアイツらを殺せ、消してしまえ、苦しめて痛めつけて捨ててしまえ。その声に応えたら、どれだけ楽になれるか。同時に、気づいていた。もし復讐を簡単に終えてしまったら、二度と渇きが癒されることはない。
ガブリエルやラファエルが抱き着いてきたとき、汚れた手で受け止められるのか? 己に問うて我慢する。あの子らに嫌われるぐらいなら、我慢できる。深呼吸して、殺意を散らした。
「団長……部下から戻りたいと嘆願が出ました」
そのうち出ると予測していたが、思ったより早かった。アンテス子爵ヴィリは渋い顔で書類をひらひらと揺らす。まだ数枚程度だが、正式な手順を踏んだ退団書だった。
「……俺が帰りたいよ」
ぼそっと呟くアウグストに、ヴィリが「以下同文です」と苦笑を浮かべた。王に陳情しても却下されるのは目に見えている。今の状況を何とかしなくては、帰れない。それだけは、頭まで筋肉が詰まっていると称されるアウグストにも理解できた。
「ジーモンはどうしてる?」
「連れてきた親族と、横領犯を追っています」
ああ、そうだった。ジーモンに、裏を取り仕切る権利がどうのと説明された気がする。まあ、兄に相談すればいい。裏社会と表現すれば聞こえが悪いが、実際は社会から取り残された連中の受け皿だった。必要悪の単語が近いかもしれない。
受け皿があれば、最後の一歩を踏み外さずに済む。そのための裏社会だった。彼らにも最低限のルールはあり、破れば仲間だった連中に殺される。二度と居場所が得られない。だから最後の砦とも表現されてきた。
「なあ、俺らだけだと頭脳が足りないだろ? な、足りないだろ?」
大事な部分なので二回繰り返したアウグストの笑顔に、嫌な予感がするヴィリは額を押さえて呻いた。答えは「はい」だが、そう答えたら終わりな気がする。ちらりと視線を向け、嫌そうに「まあ、そうとも言えますが?」と曖昧な返し方をした。
「兄上に頼んで、何人か送ってもらったらいい。そうだ、そうしよう。俺が行ってく……」
「ちょっと待った! あなたが行くのはダメです」
絶対に帰って来ないし、間違いなく統率が取れなくなる。渋い顔で舌打ちした上司を睨みながら、ヴィリは妥協案を出した。
「帰宅を希望する誰かを伝令に出します。文官が送られてきたら、また数人。交互に入れ替えましょう」
最初は無理でも次は行ける! なぜかそう考えるアウグストは頷いた。騎士団長なんて一番最後でしょうに……呆れながらもヴィリは指摘しなかった。




