37.あたしは聖女であり女王になるの
この世界に来て、私は生まれ変わった。教室の隅で俯くだけの冴えないあたしは、もういないの! 高校デビューに失敗し、中途半端に染めた金髪はプリンになっている。それすら、この世界では認めてもらえた。仲間外れにされないし、陰口叩く奴も全部やっつけてやるわ!
新しい世界に呼ばれたってことは、あたしの好きにしていいのよね? 異世界でのあたしはヒロインで、素敵な王子様と結婚する未来が待っている。輝かしい未来を思い描き、目の前に現れた王子様の手を取った。
王太子? それって跡継ぎなのよね。王子が一人しかいなくて、王女もいないの? じゃあ、確定じゃない! この王子様を落とせば、あたしが女王様よ!
興奮して叫ぶリリーを、牢番は冷たい目で見つめる。やれやれと首を横に振り、無言で背を向けた。この地下牢は暗く冷たく硬い。明け方の寒さは特に厳しく、冬は罪人の半数が凍死する状況だった。
罪を犯して城の地下牢に入るなら、夏にしておけ。冬になる前に出られなければ、人生が終わりだ。冗談交じりにそう口にする牢番がいるほどだった。
しかし、入れられて数日で頭がおかしくなる者は珍しい。普通はもっと長くいてからおかしくなるのだが。隣の元王太子ニクラウスは不満を叫び、鉄格子を叩く。それでも気は狂っていなかった。
「あの聖女とやら、おかしくなったのか?」
「まだ数日だぜ? 狂った振りをして、同情を引こうってんだろ」
「あり得るな」
牢番達は頷き合い、地下牢の扉を閉めた。今晩は特に冷える。さっさと彼らの当直室で温まるのが、賢い選択だろう。無情にも、扉は絶望の音を立てて閉ざされた。
「あたしは王子様と結婚して、この国の聖女として名を遺すの。女王になるんだから!」
王の妃が女王ではないのだが、彼女の未熟な知識はその程度だった。世界史で習った際に出てきた他国の女王の表記を、なんとなく覚えていて口に出しただけ。異世界から持ち込んだ豊かな知識もなければ、役立つ情報の一つもない。
異世界から来た、だけの少女だった。無力で欲が深く、他者を平気で踏みつけにする。女神アルティナが異物と表現したほど、くすんで輝きのない魂だった。
冷たい床に座り込み、垂れ流す。汚れた服をそのままにベッドへ寝転び、体を丸めた。手足を縮めて、まるで胎児のような姿で。先ほど運ばれたパンも放置したまま……莉里は聖女リリーの夢を見る。誰もが称賛し、憧れ、敬う己の姿を想像し、口元を緩めた。
濡れた衣服は容赦なく体温を奪う。かたかたと震える体の反応を理解せず、リリーは汚い床を眺めた。目に映るだけの光景だが、それすら妄想に置き換わっていく。この世界に来て、あたしは聖女としてあがめられるのよ……そうじゃなければおかしい。
夜中にふっと正気に戻り、牢内の惨状と己の置かれた過酷な環境に嗚咽を漏らす。朝になれば大丈夫、また新しい夢の中に戻れるから……。




