36.反省も謝罪もない王太子
王宮の地下牢は、日が差し込まない薄暗い場所だった。蝋燭による炎が灯され、かろうじて手足の先が見える程度だ。向かいにある通路の壁を何かが這っていても、正体が掴めぬほどには暗かった。
「くそっ、俺は唯一の王太子だぞ! 早く出せ! 不敬罪で処罰してやるっ!!」
投げ込まれた当初は勢いよく叫んでいた罪人も、徐々に声の張りが失われていく。粗末な食事、交換されない衣類やシーツ。硬く腰が痛くなるベッド……絨毯さえない石造りの牢は冷えた。まだ冬ではないのに、明け方は凍える寒さに襲われる。
このまま季節が移ろえばどうなるか、愚かなニクラウスにも理解できた。日も差し込まぬ牢で、短い生涯を終えることになる。だが食事は少なくまずい。そのうえ、ベッドには天井から水滴が落ちて濡れており、ゆっくり睡眠がとれる状態ではなかった。
衰弱する王太子だが、誰も気に留めない。いつまで生かしておくのかと牢番達が眉をひそめて話すほど、嫌われていた。隣の牢にリリーが収監されている。だが石壁は厚く、その姿を見ることはできない。会話をすれば、門番が鉄格子を叩いて邪魔をした。
リリーの声を最後に聞いたのはいつだったか。金と黒の混じった不思議な髪色も、よく思い出せなかった。どんな顔をしていただろう。ニクラウスがぼんやりと思い浮かべる姿は、まるで亡霊のようだった。はっきりした場所がなく、すべてがぼやけて曖昧だ。
「リリー、生きてるか?」
話しかけるも、門番の妨害が入る。彼女が答えたとしても聞こえなかった。腹が立つが、どんなに腕を伸ばしても届かない。虫やネズミが這いまわる床を避け、ベッドの上で過ごすだけだった。排泄物を片付けることもない。
不衛生な環境で、ニクラウスの整った顔は崩れていった。白い肌は吹き出物や汚れで変色し、目の下に隈が浅黒く現れる。金髪は乱れて絡まり、異臭を放った。宝石のようだと称えられた緑の瞳は、光を失って曇った。外へ出られたとしても、誰も王太子だったとは判別できないだろう。
「……誰か、俺を……ここから……」
出せと命じる声は途切れた。力なくベッドに転がる姿を確認し、牢番はやれやれと首を横に振る。反省や謝罪の言葉は一度もなかった。王と真逆のニクラウスの姿は、地上へ伝えられる。食事の運搬が途絶え、やがて蝋燭も消えた。
真っ暗な牢獄の中、ニクラウスはそれでも息をしていた。こんなことになったのは、ガブリエルの所為だ。黒髪の忌々しい女の所為で、俺が女神に恨まれた。すべてあいつの所為だ。口の中で繰り返すニクラウスの言葉は、人間に届くことはなかった。
だが、果たして……天上にある女神にも届かなかったのであろうか。人がそれを知る術はない。




