33.人もいなけりゃ金もない
森の泉を思い浮かべ、目の前の濁った噴水に項垂れる。くそっ、帰りてぇ。アウグストの思いは、その姿を見れば伝わってくる。同郷の騎士達も大きく頷きたい気分だった。
「いつ帰れますか」
「わかんねぇよ」
見習い騎士は、公爵領へ帰りたい気持ちを抑えきれずに尋ねる。今日帰るぞ! と答えたい先輩騎士は溜め息をついて、本音と真逆の答えを口にした。
騎士団宿舎の空気は重い。交代制で休みを取るも、王城の警備が負担になっていた。壊された王城の門はまだ修繕中だ。一部の塀も突破され、衛兵が逃げてしまった。あちこち見回る箇所が多く、城門での警護も必要になる。仕事は増えたのに、騎士団以外の兵力が足りなかった。
『前回』の記憶を持つなら、逃げ出すのが普通だ。実際、騎士団だって帰りたかった。士気は下がり続け、王や宰相が必死で立て直そうとするも、国は傾き続けているらしい。暗い話題ばかりで、何一つ士気を上げる要素がなかった。
「大変だ!」
飛び込んだ騎士を、副官のヴィリが叩く。
「大変だじゃ、何も伝わりません!」
「衛兵の一部が消えました」
「……確かに大変ですね」
これ以上人が減ったら、対応しきれない。放り出して帰るチャンスでは? もういっそ帰っていいぞと女神様が言ってる気がする。ヴィリの現実逃避した表情に、ジーモンが慌てて声を上げた。
「消えたのはどこの担当だ?」
「東の壁の穴を担当してた連中っすね」
東の壁? ジーモンは机の上のカップを横へ移動させ、見取り図を広げた。王城警備の衛兵詰め所ならともかく、普段は騎士が持ち歩くことはない。それをひょいっと取り出したジーモンは、どこかから拝借してきたようだ。
すでにあれこれ書き込まれた見取り図は、周辺の地図も少し足されていた。
「東は商人街がある方角だな」
こぞって商人が逃げ出したため、人が少ない方角だった。だからこそ守りを強化していたのだが……ジーモンは眉根を寄せて唸る。周囲に人が行き来する場所は、敵に警戒されやすい。人目につくので利用を諦める可能性もあった。だが商人街の方角ならば、人が激減して手薄だ。
堂々と穴から侵入しても、誰も見とがめる人がいない。
「危険ですね」
ヴィリの指摘に頷くも、そちらの警護に割ける手がない。人材が足りないのは、どうしようもなかった。穴を塞ごうにも、王都に残った職人は門の修復に必要だ。こうなったら……最後の手段か。
「犬を使おう!」
「……はぁ?」
「ジーモンが壊れたぞ」
あちこちで呆れ声が上がるが、犬は不審者を見れば吠える。そのように躾けた犬を連れている集団に心当たりがあった。
「ただ……金がなぁ」
人もいないが金もない。自腹を切るほどお人よしでもない。ジーモンの唸り声は、まだしばらく収まりそうもなかった。




