32.森の香りを楽しむ休日
穏やかな日差しを浴びながら、林の中を進む。下生えを刈って整えた人工的な小道は、快適だった。ケヴィンとカールの前を数頭の馬が走り、騎士が先行する。後ろには騎士不在の馬もいた。群れで行動する馬は、勝手にいなくなる心配が少ない。加えて、軍馬は前を走る群れに同行するよう訓練を受けていた。
突然視界が開ける。泉が眩しいくらい光を弾いた。
「うわっ、眩しい」
手で顔を覆ったガブリエルの声に、ケヴィンが「もう大丈夫だぞ」と声を掛ける。そっと指をずらせば、馬体は横を向いていた。左側に広がる泉の水は透き通り、木々の緑を映す。緑になった縁から入ると水色が広がり、さらに中央は青く吸い込まれそうな色をしていた。
「綺麗」
見惚れてぽつりと呟いたガブリエルは、馬を下りたケヴィンに抱えられて地に足をつける。必死にしがみついたラファエルも、後ろで「すげぇ」と声を上げた。ぽんと頭をカールに叩かれる。
「俺らの口調を真似るな。伯母様に叱られるのは、俺だぞ」
兄なのでカールが叱られることが多い。隣で殊勝な振りをするケヴィンが言い出した悪戯でも、やはりカールが叱られた。母親を早くに亡くしたため、二人とも騎士団に放り込まれて育っている。
周囲に男ばかり、それも粗野な連中がほとんどだ。貴族らしい立ち居振る舞いより先に、平民の口の悪さと手の早さが身についた。騎士団の中では浮かないが、公爵夫妻に注意されるのは仕方ない。カールはラファエルの頭をぐりぐりと押した。
「やめろってぇ!」
「だから、上品な言葉使えっての!」
兄弟のようなやり取りに、ガブリエルがくすくす笑い出した。姉である彼女は良く知っている。弟ラファエルは、カールやケヴィンに憧れている。叔父のアウグストに憧れた延長で、年の近い二人を兄のように慕っていた。だから真似をしたくなるのだろう。
「ラファエル、魚がいるわ」
「え? 本当ですか、姉様。いま行きます」
言葉遣い、直ったわね。気づいたのはガブリエルだけでなく、カールが額を押さえて空を仰ぐ。ぶつぶつと口に出す文句は「やればできるくせに」とか「猫被りやがって」とか。本気で怒っていないとわかるから、ラファエルは聞こえない振りをした。
この泉は、どんな過酷な夏でも涸れることがない。国境を兼ねた山脈の雪解け水があふれ出ると言われてきた。ロイスナー公爵家がこの地に根を張ってすぐ、この泉が現れたと話す老人もいる。領地を潤す泉の水を、馬達が美味しそうに味わった。
姉弟は泉を覗き込み、あっちのが大きい、色が綺麗と盛り上がる。カールとケヴィンも休憩用の布を敷いて、そこへ寝転んだ。騎士達も思い思いに休憩に入る。ガブリエル達も従兄に駆け寄り、その隣に転がった。見上げる空は遠くて眩しい。目を閉じて、深呼吸すると森の香りが胸を満たした。




