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03.怖い夢でも見たの?

 ロイスナー公爵として、王家に仕えてきた。アードラー王国は地の利に恵まれていた。北に山脈、南に海、東側に大きな川が流れる。高低差のない平地が広がり、その大地は肥沃だった。東、北、西に国境を接する国々が四つ。どの国とも友好関係を築いている。


 北の山脈を背負い、東からの大きな街道を管理するのが、ロイスナー公爵家だった。麦を育てる平地が少なく、領地の半分が山である。一般的に豊かになる要素が少なく見えるが、北と東の三か国と接していた。街道を整備し、西側との中継地の利点を生かす。


 麦が育たない山裾は、放牧を推奨した。ヤギ、牛、馬、羊……様々な家畜に解放され、チーズや燻製肉などの輸出量は近隣国で最大規模だ。荒れた領地を自ら望んで開拓した初代から、試行錯誤と苦労の連続だった。翌年の予算に頭を悩ますことのない生活を享受し始めたのは、先代からだ。


 貴族としての体面を保つため、ロイスナー公爵家の財政を支えたのは軍人だ。アードラー王国の軍人のほとんどは、ロイスナー公爵領出身だった。屈強な男達が戦いや護衛の任に就き、出稼ぎのような形で領地を支援する。王家への忠誠は当然だと思ってきた。


「俺が間違っていたようだ」


 父ヨーゼフの苦しそうな呟きに、十二歳になったばかりのガブリエルは首を傾げた。誕生日にもらったリボンを選んだら、両親がいつもと違う行動に出た。不安そうに両親を見上げる。


「このリボンは、だめですか?」


 きょとんとした娘の様子に、ロイスナー公爵夫妻は顔を見合わせた。


「覚えて、いないの? リル」


 問われた意味がわからないガブリエルは、右に倒した首を左へ傾けた。何の話かしら? そんな表情に、問うた母ミヒャエラは「なんでもないわ」と取り繕った。


 この子は何も覚えていない。だったら、息子ラファエルは? 立ち上がったのはヨーゼフだった。急いでラファエルの部屋に向かう。広い公爵家の廊下で、子供の泣き声が聞こえた。半ば走るようにして扉を開ける。


「ラエル、無事か」


「おと、ぅさま!」


 しゃくり上げながら、走って来る。まだ十歳とはいえ、その勢いは激しかった。思い出した記憶が、重すぎたのだろう。頬を伝う涙を父のシャツに押し付け、ラファエルは怖いと泣く。抱きしめて背中をぽんぽんと叩いた。落ち着くのを待って、ガブリエルの部屋へ戻る。


「ラエル、聞いてくれ。リルは覚えていないようだから、話してはいけないよ。落ち着いてから説明するからね」


「……はい」


 素直に頷いたラファエルは、手を繋いだ父を見上げる。軍を率いる叔父もすごいが、父も鍛えている。手はごつごつして、母とは違った。尊敬する父の言葉に、ラファエルはきゅっと唇を引き結んだ。約束したから、絶対に言わない。


 でも……覚えていないのは羨ましい。そんな思いが浮かんだ。だって、お父様とお母様が殺されたんだ。お姉様の婚約者である王子に、殺されてしまった。次に殺されたのは僕だけれど、お姉様が最後だったのかな。怖かったと思う。怖すぎて、忘れたかったのかも。


 ラファエルは自分なりに結論を出し、納得して前を向いた。


「ラエル、目が赤いわ。怖い夢でも見たの?」


 微笑んで手を伸ばす姉ガブリエルに、ラファエルは駆け寄った。繋いでいた父の手が離れた瞬間、泣きそうな顔で振り返るも……姉に飛びつく。咄嗟に受け止めたものの、ガブリエルは困惑していた。こんなに幼い仕草をする弟は久しぶりだわ。


 よほど、怖い夢を見たのね。可哀想にと焦げ茶色の髪を撫でる。さきほどお昼の鐘が鳴ったから、早めにお茶の支度をしてもらえばいいわ。今日は王城へ向かう予定はないし、家族が全員揃うのは珍しいのだから。ゆっくりしたい、ガブリエルは素直に両親へ強請った。

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― 新着の感想 ―
弟もいい公爵なるだろうなあ
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