26.騎士団長への仕事禁止令
毒による暗殺犯の行方だけでも手一杯なのに、さらに便箋が行方不明? 何が書いてあったかもわからない。重要な情報だったら取り返したいが、もし落書きだったら? 家族への遺書だった可能性もあるじゃないか。唸りながらアウグストは、探さない理由を口にする。
「わかりました! 団長は少し休んでください。明日の朝まで仕事禁止、いいですね!?」
大きな声で話を遮断され、ヴィリが手を挙げる。合図に応えて、部下の騎士が両脇からアウグストを拘束した。まるで罪人のように連れ出される。状況が理解できず、きょとんとしたまま騎士団長は退場となった。
「では私が指揮を執ります。団長への報告は明日のお昼以降にしてください」
ヴィリの一方的な宣言にも、部下達は大きく頷いて了承を示した。というのも、アウグストは元々考えるより先に体が動くタイプだ。こういった頭を使う事件は苦手どころか、天敵だった。どんどん能力が落ちるとわかっている。
さらに悪いことが続き、アウグストが眠れていないらしい。女神のやり直しで記憶を持って戻ったアウグストは、後悔と怒りに苛まれていた。両手両足の自由を奪われて転がり、兄の一家が壊されていくのを見ているしかできない。その怒りは身の裡を焼いた。
どうしてもっと早く動かなかった。無理にでも自分の意見を通せばよかった。今からでも王族を全滅させるべきでは? 民を止めたことも今になれば後悔しかない。苦しめて殺すなら、すぐにでも取り掛かれる。そう思うが、実行すればあの連中と同レベルと気づいて動けなかった。
動きたい本音と留めようとする理性、両方がせめぎ合って混乱の中にいる。目を閉じれば、処刑の光景が浮かぶのだろう。アウグストにとって、あの悪夢はまだ終わっていない。ゆえに、眠ることが出来ずに夜も見回りを買って出る状況だった。
「もし動こうとするなら、殴って気絶させなさい。私が許可します」
「は、はい」
そこまで切羽詰まった状況だが、本人は体力があるので大丈夫と思っているところがある。息子のどちらか片方が協力してくれたら……ヴィリはそんな思いを抱くが、すぐに自ら否定した。ロイスナー公爵家の守りを崩せない。
王家や国の立て直しなどどうでもいい。ロイスナー公爵家が無事であること、これ以外は些末事だった。重鎮がどれだけ殺されようと、正直、守る気になれない。ヴィリにも記憶が残っているのだ。『前回』守れなかった痛みの棘は、副官である彼の胸にも刺さっている。
「毒の特定に向かいます」
「便箋ですが、文章の一部を確認できるかもしれない、と」
「料理人の尋問終わりました」
「侍従と侍女で、行方の分からない者がいないか確かめてくれ」
一斉に動き出した騎士に、いくつか追加の指示を出して大きく息を吐いた。二人揃って倒れるわけにいかない。無理にでも寝て食べて、体力を保たなくては。
「騎士団に毒を盛られる可能性って、どのくらいっすか?」
若い部下にそう尋ねられ、うーんと考え込む。万が一にも、騎士団の機能が麻痺したら……重要人物を殺される危険も出てくる。相手がどこまで非常な策に打って出るか、最悪を想定するべきか。俯いて溜め息を吐く。
「考えることが多すぎて……手が足りません。誰かいないでしょうか。仕事が出来て頭が回り、それなりに己の身を守れる人」
そんな都合のいい人いないだろ。騎士達が「副官も壊れたか?」と心配する中、ヴィリは突然顔を上げた。
「いた! いる!!」
何が? 首を傾げる部下にヴィリは、ある人物を連れてくるよう指示を出した。
「逆らえば、殴って気絶させて運びなさい」
怖い命令に、こくこくと無言で頷いた騎士が二人……大急ぎで出発する。目的の人物がまだ王都にいることを祈りつつ。




