24.王都脱出の荷馬車の後ろも長い列
がたごとと揺れる馬車は乗り心地が悪い。荷馬車なのだから当然だが、護衛の騎士が気遣う視線を寄越した。ロイスナー公爵家王都邸の執事を務めるブルーノは、今日二回目の休憩を指示した。荷馬車には、王都邸から運び出した様々な品物が載っている。
貴金属類は主の馬車で出発した。残された荷物が、数十台の荷馬車となって連なる。その後ろに、王都を逃げてきた一団がいた。休憩のたびに、ブルーノは馬車や使用人の状況を確認しに回る。騎士の一人が同行した。故障個所や不具合があれば、申告するよう命じていく。
青空は白い雲がいくつか浮かび、それでも雨の降る様子はない。この分なら、領地に入るまで天候は持ちそうだ。あと三日もあれば、領地の端に到達するだろう。そこから先は、路面が改善される。
街道自体は国の管轄でも、実際に管理するのはそれぞれの領主だった。そのため領主の裁量次第で、路面状態が変わる。雨で轍が出来ても放置する領主もいれば、丁寧に舗装して草刈りまで行う領主もいた。その差で、進行速度が大きく変わる。
王都から公爵領までの間に、三人の領主がいた。王都に近い子爵家はきちんと整備をしており、大雨の後に小石を撒くなど対策が成されている。侯爵家と伯爵家は、街道に手を加えることはなかった。ただ領地を横切るだけの道と認識しているらしい。
この街道を整えるだけで、商人の行き来が増えて領地が潤うというのに。主人であるヨーゼフの采配を見て知るブルーノは、やれやれと首を横に振った。王都から離れるほど、道が悪くなっていく。先月の大雨の影響で、轍は深く車輪を取られて滑る状況だった。
「こちらの車輪は、もう限界です」
大きな穴に落ちたのか、歪んで木が割れていた。荷馬車の車輪は木製が多く、割れると修復できずに交換となる。後ろに機材や交換用具を積んだ荷馬車がいるため、職人が大急ぎで作業に入った。休憩時間は予定より長くなるだろう。ならば食事を取らせるか。
「各自、交代しながら食事を済ませてくれ。次の町は止まらずに通過する」
ブルーノの指示で、侍女がお茶の支度を始める。一般的な旅の食事は、干して乾燥させた肉や魚、野菜を煮るスープとパンのみだ。お茶を配り始めたことで、使用人達も集まってきた。大きな鍋を侍従が運び、火にかける。
簡易のかまどを作るのは、野営に慣れた騎士が請け負った。着々と準備が進む中、後ろに続く一団も馬車から馬を外して休ませている。
「声を掛けるべきでしょうね。旦那様なら、そうなさる」
ブルーノは自分を納得させる言葉を吐き出し、大きく深呼吸した。気持ちを落ち着け、表情を作って歩き出す。その後ろを護衛の騎士が続いた。
「……こちらの一団が目指す先は、どちらの領地ですか」
「ロイスナー公爵領でございます」
代表して答えたのは、ロイスナー公爵家の荷馬車のすぐ後ろを走る馬車の主だった。裕福そうな男性は、王都でも名の通った商会の名を告げる。王都邸の執事であるブルーノを知っているようで、丁寧に挨拶をして切り出した。
「我がアラルコン商会の本拠地を、ロイスナー公爵領にある商会の建物に移したく……公爵閣下に許可をいただけますよう、お取次ぎください」
「狡いぞ、アラルコン。私どもフェルナン商会は今後、ロイスナー公爵領に本部を構える予定にございます。なにとぞ、よしなに」
あっという間に取り囲まれ、大小様々な商会や商店の主に挨拶を受けた。貴族相手の宝飾店、ドレスを縫う専門店から始まりパン屋や肉屋にいたるまで。後ろに続く一団はどこまで続くのか。見えない先まで続くのでは? と疑うほどに長い列となっていた。
「受け入れるかどうかは、旦那様のご判断になります。皆さま、どうぞお気をつけて」
ブルーノは優雅に会釈して踵を返す。これは付き合っていたら、昼食を食べ損ねてしまう。同行した騎士のほっとした顔に、同じ懸念を抱いていたのかと笑った。
「忙しくなりそうです」




