22.変わっていないことが嬉しい
叔父や騎士団一行が「帰りたい」と叫んでいた頃、何も知らないロイスナー公爵家は穏やかな日常を取り戻していた。
王都から帰った翌日は宣言通り、お昼過ぎまでしっかりと休む予定だ。楽な寝台馬車でも、街道で揺られる移動は体力を消耗する。同行した侍女達も二日間の休暇を与えられた。王都邸から本邸へ戻れば、侍女の手は足りている。交代で休暇を取っても、支障なかった。
家令アードルフは、公爵夫人ミヒャエラから宝飾品を受け取る。二人で開いて中を確認し、頷き合って専用の部屋へ片づけられた。欠品がないか確認する作業は、信頼の上で成り立つ。万が一の紛失や盗難があった際、事前の作業一つで使用人を疑わずに済むのだ。
普段使いする装飾品は、各自の部屋へ運ばれる。ガブリエルの部屋もそのまま残されていた。王太子の婚約者に決まってから、一度も戻れなかった部屋。懐かしさに「うわぁ、久しぶりだわ。変わってない」とガブリエルの目が輝く。
数年のことなのに、高さが合わなくなった机や椅子が擽ったい。
「セシリオに言って、手配してもらいましょう」
ミヒャエラの提案に、ガブリエルは素直に頷いた。新しい家具ではなく、この家具を手直ししてほしいと伝える。以前は特に思い入れのなかった机も、不思議と大切に思えた。
「あなたがそうしたいなら構わないわ」
受け入れたミヒャエラに、ガブリエルは満面の笑みで応える。隣にある自室で着替えたラファエルが合流し、笑いながらベッドに飛び込んだ。到着した日の夜は、家族だけで食事をした。
「ずっと、こうしたかったの」
「ええ、知っていたわ。ごめんなさいね」
王太子妃教育で、毎日大変だった。年下のラファエルに合わせて、母ミヒャエラは食事を済ませてしまう。遅くに帰ってきた娘と、父ヨーゼフが食卓を囲んだ。従兄のケヴィンが同席することもあったが、家族四人が揃うことはない。
ガブリエルはそれが悲しかった。好きでもない相手、それも自分を嫌って意地悪をする人と婚約している事実も。将来そんな相手と暮らすことになる現実も。すべてが嫌でたまらない。訴えてどうにかなる問題ではないと知っていたから、我慢していただけ。
ヨーゼフが「婚約は解消する」と断言したことで、ガブリエルはようやく重荷を下ろせた。
「街へ出るから、お昼前には起きてくるように。向こうで食事も摂ろう」
「だったら、前に行ったお店がいいわ。シチューが美味しかったの」
すぐにヨーゼフが確認し、アードルフが予約の手配を行う。ブラウンシチューが美味しかった店に行けると聞いて、ガブリエルだけでなくラファエルも喜んだ。
「今夜は一緒に寝ていい?」
「いいわよ」
弟の我が儘に頷く姉の姿に、大人は揃って目頭を押さえた。挨拶をして部屋に引き揚げる子供達を見送ったあと、ヨーゼフは屋敷の主だった使用人を集めるよう指示する。『前回』に関する記憶の共有と、今後のロイスナー公爵家の対応を伝えるために。




