21.適材適所、使える人材は余らせない
財務大臣ボルマン子爵が亡くなった。そのニュースが王都に広がり、民は暴動による死傷者ではないと知って胸を撫で下ろす。もし貴族が騒動に巻き込まれて亡くなったなら、誰かが罪を背負うことになる。家族にまで咎が及ぶ可能性もあったのだ。
慎重に行動するべきだ。民の中で、静かにその意識は共有された。
「国王陛下、申し訳ないが……働いていただきたい」
いろいろ悩んだ結果、バーレ伯爵は一番簡単で確実な解決方法を選んだ。人手が足りないなら、監禁中の有能な方々に手を貸してもらえばいい。逃げる様子はないし、下手に閉じ込めると今度は暗殺される。状況が混沌としすぎて、手に負えないのが正直な感想だった。
「承知した」
グスタフ王は本来、蒙昧愚鈍な王ではない。忙しさに押されて確認を怠ったが、減税や施策を次々と打ち出し、宰相とともに国を動かしてきた。暗殺犯の捜索に専念したいと言われれば、それ以外の業務を引き受ける。
本来、騎士団の仕事に国の運営は含まれないのだから。バーレ伯爵に能力が足りないのではなく、知識と能力、適性の観点から適材適所の状態に戻るだけだ。
「ヤン、過去の資料を遡るぞ! 我らの施策を捻じ曲げた輩をあぶり出せ」
「かしこまりました。聞きましたか? 各部署の書類を集めてください」
グスタフ王の号令で、宰相ヤンが動き出す。各大臣達も部下に命令を出した。一年ずつ遡り、どこで中抜きが始まったかを探る。それと同時に、晩餐会が行われる食堂を執務室として利用した。
財務大臣ボルマン子爵の暗殺があったのだ。全員が同じ部屋に集まり、飲食も監視し合うのが安全への鍵となる。今までの執務室は個々に与えられていたため、騎士同伴で書類や道具を取りに向かった。その間に食堂のテーブルなどの配置が変更される。
使いやすいよう長テーブルを作業用に使い、長時間の机仕事に合わせて高さを調整した。そのうえで椅子も交換される。他の部屋から運ばれたソファーは休憩用に、棚がないため書類を積むテーブルも持ち込まれた。
着々と準備が進む中、大臣達が部下と書類を伴って戻る。すぐさま確認作業に取り掛かった。監視というより護衛に兵士を配置し、騎士がその指揮を執る。状況を確かめ、騎士団は動き出した。
中抜きに関しては、犯人が特定されるまで動けない。だが、暗殺犯は別だった。殺された際の状況、料理人や運んだ侍女から事情を聞く。どこで毒が混入され、誰が狙われたのか。そして、他の大臣達が手を付けなかった料理の確認も必要だった。
「団長は、財務大臣が狙われたのではないとお考えですか?」
「可能性の問題だ。もしかしたら誰でもよかった可能性もあるし、全員死ねばいいと考えたかもしれん。何にしろ、現場に残った手掛かりはすべて拾い上げる」
王を狙って、間違えて運ばれた可能性もあった。すべての料理に毒が入っていれば、話は違ってくる。人違いではなく、全員を殺そうとしたか。数人殺せば、黙ると思ったか。可能性の幅がありすぎて、犯人像が絞り込めない。
料理はまだ廃棄していなかった。毒に詳しい専門の毒見役が、一つずつ確認を始めている。報告が上がるまでに、現場も再確認するべきだろう。
「俺らは帰りたいだけなのに、どうしてこうなるんだ」
大きく溜め息を吐いてぼやくバーレ伯爵に、副官は肩を竦めた。
「さっさと逃げないから、こうなったのでは?」
「……わかってるから言うな」
兄であるロイスナー公爵家を即座に追うべきだった。いや、一緒に逃げるのが最高のパターンだ。逃したタイミングは戻ってこないため、しばらく王都に縛られるだろう。この国がどうなろうと構わないから逃げたい。言葉に出せない思いを、溜め息に込めた。
「やめてください、こちらまで気が重くなります」
アンテス子爵に渋い顔で注意され、また出そうになった溜め息を呑み込んだ。




