20.被害者が出てからでは遅いのに
翌朝の王宮に、悲鳴が響いた。駆けつけた騎士カルロスは、開いた扉の中で血を吐いて倒れる男を見つける。その手前に立つ青ざめた侍女が、悲鳴の主だろう。その足元はびしょ濡れで、ひっくり返った洗面器やタオルが落ちていた。
「失礼する!」
声を掛けて入室し、倒れた男の首に指を当てる。脈を確認するまでもなく、白い肌は硬直を始めていた。客間が並ぶこの一角は、王や宰相、大臣などの重要人物を隔離している。形は監禁だが、扉に鍵は掛けなかった。
同じ廊下に接する客間を使用することで、監視の人員を省いたのだ。騎士団副官アンテス子爵の判断だった。廊下の端と端に騎士が立てば、外からの侵入経路は窓だけだ。窓の下に二人配置することで、侵入を防いだ。監禁というより、重要人物の保護が目的だった。
カルロスは『前回』の記憶を持たない。同僚や上司から話を聞いただけだ。それでも、騎士団長であるバーレ伯爵が殺されかけた話には憤った。ロイスナー公爵家が処刑された話に涙した。王太子や聖女という女に怒りはあるが、王自身への悪感情はない。
きちんと職務を全うしたはずなのに、身支度用の水とタオルを持った侍女が入った途端の騒ぎに愕然とした。すぐに駆けつけたアンテス子爵が指揮を執り、他の部屋も確認される。
「何があったんですか?」
宰相ヤンが不安げに尋ねる。騎士達は濁さず、わかっている事実だけを伝えた。死んだのはボルマン子爵で、まだ調査中だと。安全のために、王を含めた大臣達と一部屋に集まるよう伝えた。
「そう、ですね。安全のために同室のほうがいいでしょう」
身支度や寝る際は仕方ないが、起きてから寝るまで。食事の間も出来るだけ同じ部屋にいるほうが、護衛も守りやすい。ヤンが他の大臣を説得し、王が滞在する一番広い客間へと移動を始めた。
この段階になって、ようやく騎士団長バーレ伯爵が到着する。早朝から王都の見回りに出ていたため、騒ぎを知ったのは門へ戻ってからだ。ついでに城門を直す算段をつけた帰りだった。
「どういうことだ? ヴィリ」
「財務大臣のボルマン子爵が殺害されました。まだはっきりしませんが、毒殺の可能性が高いと思われます」
駆け付けたバーレ伯爵の質問に、アンテス子爵ヴィリが現時点で判明した事項を口にする。殺害方法を毒と断定したのは、二つの理由があった。
「口から垂れた食事が変色していたうえ、死体の肌が異常に白く透き通っています。毒の作用なら、納得できますね」
毒殺したとバレるが、殺すことが目的なら問題ない。そのため少量で確実に仕留められる毒を選んだ可能性があった。
「次に……昨夜差し入れられた夕食を口にしたのが、ボルマン子爵だけだったようでして」
王を始めとする重鎮達は、今回の騒動に胸を痛めていた。記憶がある者は、無力だった『前回』を悔やんで打ちひしがれた。記憶を持たない者も、伝え聞いた凄惨な処刑に涙を堪え切れなかった。冷えていく食事に申し訳ないと思ったが、喉を通らなかったのだ。
明け方近くになり、冷えたスープを口にしたボルマン子爵だけが被害に遭った。運が悪いと評するべきか、騎士達は無言で遺体を教会へ運ぶ。家族が呼ばれ、涙の対面となった。わかっている範囲で、きちんと説明する。民の暴動による死亡ではないと公表する必要があるだろう。
「やることが多すぎる……誰かに押し付けたい」
ぼやいて項垂れる騎士団長の背を、部下達が軽く叩いて離れた。正直、騎士達全員が同じ気持ちなのだ。これ以上巻き込まれる前に、家族のいる公爵領に帰りたかった。




