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02.人々の怒りは王城へ向かう

 特別な祝祭日ではない、ごく平凡なある日。正午の鐘が鳴る。教会の鐘が鳴るのは、一日に三回だけ。朝の仕事始め、昼の休憩、夕方の帰宅を促すとき。決められた時間に鳴る鐘は、人々の生活になくてはならない音だった。


 からんからん、軽やかないつもの音が鳴った直後……人々は唐突に思い出す。よみがえった記憶は、あの日の惨劇だ。殺されたロイスナー公爵家の人々、女神アルティナによる断罪、王家の横暴さ……砕け散った血塗れの処刑台。一気に脳へ流された記憶は、自らが持っていた過去のもの。


 ここは現在ではなく、記憶から続く未来だ。女神アルティナが巻き戻したのは世界の時間、やり直しを命じる声は怒りに満ちていた。巻き戻ったのではなく、これは延長であり……ここで間違えた者は救済されない。信仰心の強いアードラー王国の民にとって、恐ろしい事実だった。


「っ、そんな……」


「女神さまのお慈悲を」


 祈りに手を組む大人をよそに、一人の少年が叫んだ。


「貴族が勝手にやったのに、巻き添えかよ!」


 事実であっても、誰も口にしなかった言葉だ。王侯貴族への暴言は不敬罪が適用され、一家揃って断罪されることもある。その危険性より、言葉に潜む事実が胸に突き刺さった。そうだ、悪いのは王族で、王太子だった。なのに、俺たちは巻き添えになるのか?


 国の頂点に立つ王族は賢く強く正しい。その概念が崩れていく。あちこちで不満や懸念の声が上がった。女神アルティナを最上位とする教会は、扉を開いて信者を受け入れる。人々は女神への信仰を掲げ、救いを求めて群がった。


 動いたのは平民だけではない。お茶会に集う夫人や令嬢が青ざめて茶器を落とし、混乱して泣き喚く。王城で仕事をしていた文官が手を止め、ペンを置いて駆けだした。書類を払いのけて叫んだ文官もいる。訓練中だった騎士は剣を取り落とした。


 これから起きる出来事、未来を知ることは女神の恩恵である。自分だけが覚えていたなら、恩恵と考えてもいいだろう。しかし、ほかの皆も覚えていたら? 互いに顔を見て、ぎこちなく目を逸らした。


 女神が断罪する前、公爵夫妻の首が落ちるとき……喝采したのは誰だ? まだ幼いと表現できる小公爵や令嬢の死を喜んだのは、自分だ。まるで酒に酔ったように、雰囲気に呑まれた民衆は処刑を楽しんだ。まるで観劇するかのように。


 ざらりと嫌な感情が胸に広がる。女神は、公爵令嬢を『天使』と呼んだ。異世界からきた聖女を『邪悪』な『異物』と表現した。あの断罪劇が『神への反逆』であるなら、間違えたのは誰か……。


 考えを巡らす貴族の一人が、王城を見上げた。


「あそこだ。女神様を裏切った()()()がいる!」


 馬車から転がり出た貴族の叫びに、民衆は彼の示す指先を目で追った。異世界から聖女が来たのは、つい先日のこと。女神アルティナを祀る教会は、まだ判断を下していなかった。このあと、王族からの圧力に屈した教会は、異世界の異物を『聖女』に認定した。


 この世界に、そんな制度や肩書きはなかったのに! 莉里(リリ)と名乗った少女が『聖女』という概念を広めた。あれは……邪悪な存在だ。


「武器を取れ! 教会を守れ!」


「王城を叩き壊せ!!」


 群衆の心理は恐ろしいことに、簡単に暴力へ傾く。最初に声を上げた者が場を支配する。王都の民が用意したのは、様々な日用道具だった。肉を捌く包丁、モップの柄、料理に使う麺棒など……振り回せる物を掴む。鍋や金属製の皿、看板を防具のように携えて。


 本来、治安を守るはずの警護隊が先頭に立つ。王城が陥落するのは時間の問題だと思われた。







「お父様、お母様。これがいいですわ」


 記憶を取り戻したロイスナー公爵邸がざわめく中、ガブリエルは無邪気にリボンを選んだ。瞳の色に似た明るい赤、細かな金刺繍の施されたリボンに微笑む。


「……ガブリ、エル?」


 名を呼んで泣き出し、突然抱きしめられる。母親の腕の中、さらに父も覆いかぶさった。何が起きたのか、きょとんとした顔のガブリエルを置き去りにして。

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