177.森に蠢く影を見た
エッカルトは激昂し、机を叩く。驚いたものの、クラーラは何も言わなかった。いや、彼女も夫同様に怒りで興奮状態だった。
「なんということだ! すぐに街道を封鎖、衛兵を総動員だ。それから……王家に連絡と……」
興奮しすぎて息切れしながら指示を出すエッカルトの隣で、クラーラが続きを引き継いだ。
「王家に連絡、各貴族家の協力を得て頂戴。従わない家は、犯人または協力者と見做します」
ことは、シェンデル公爵家の孫娘誘拐では終わらない。ロイスナー公国の公女を危険にさらす行為だった。ゼークト王国内でガブリエルが害されれば、外交問題に発展する。加えて、最大派閥の頂点に立つシェンデル公爵家を敵に回す。
連絡を受けた王家からの通知で、国内すべての街道に検問所が作られた。それぞれの騎士団が街や森で捜索に入る。ハチの巣をつついたような騒動の中、ソフィーは青ざめて震えた。
「私の見送りをしたせいで……」
父メルテンス子爵が静養する別邸に到着したところで知らせを受け、膝から崩れ落ちた。涙に濡れる娘を、父は厳しい声で叱咤する。
「すぐに探しに向かいなさい。私は後回しだ」
「は、はい」
叱りつける声に背を押され、ソフィーは馬車を手配する。この別邸はやや街から外れた場所にあった。静養に手配されただけあり、近くに森が迫った自然豊かな屋敷だ。その玄関先で馬車を待つソフィーは、ふと……視線を森へ向けた。
「馬車? いえ、違うわ」
馬車に似た大きな塊が見えた気がして、目を凝らす。明るい方角から暗い場所を見るのは、どうしても難しい。目を細めて光を調整し、動く影を追った。なぜ森の中に馬車が入っていくのかと疑問に思ったが、騎乗した集団だった。
もしかしたら、ガブリエル様を探す騎士様かも。ソフィーはそう考え、視線を逸らす。すぐに馬車が到着し、急いで乗り込んだ。同行してくれた護衛が両側に付き、注意しながら街へ戻る。滞在する宿が見えたところで、こちらに向かうアウグストに気づいた。
「バーレ侯爵閣下!」
窓から声をかけたソフィーに、騎乗したアウグストが止まる。馬車の窓を覗く形になったアウグストが「事情は聞いたな? 不審な輩がいる。宿から出るな」と忠告した。そのまま走らせようとした彼の背中に、ソフィーは叫ぶ。
「先ほど、捜索の騎士様達を見かけました」
「……どこで見た?」
眉根を寄せたアウグストが低い声で確認する。別邸の方角には誰も向かっていない。いや、それ以前に捜索の手はまだそこまで伸びていないはずだ。しかしソフィーは「捜索の騎士達」と表現した。ならば、それは犯人につながる可能性がある。
「父の静養する別邸の左側にある森です」
アウグストの考えを知る由もないソフィーは、素直に場所を口にした。追いついた騎士にソフィーの護衛の後、森へ向かうよう伝言したアウグストは馬の腹を蹴った。少しでも早く確認するために。




