172.このことは秘密よ
断罪を見届け、報告書を書き上げたエッカルトは、クラーラを誘って温泉に身を沈めた。ゆったりと広い石造りの風呂は、半分ほど屋外と通じている。部屋の正面に当たる壁がなく、屋外の風が入る造りになっていた。
左右と背後に壁があり、天井も覆っている。全天候型でゆったり過ごせるよう設計され、屋外となる正面を木や花が美しく彩った。露天風呂と呼ぶには囲われている。貴族専用で経営する温泉は、それゆえに客の秘密やプライバシーに配慮されていた。
「いいお風呂じゃないの」
「そうだろう? 一緒に入りたくてな」
クラーラの同行がないため、宿で入浴するつもりだった。しかし、クラーラが一緒ならば……とすぐに予約を入れる。最上級の部屋をおさえ、こうしてゆったり過ごす時間を手に入れた。髪や肌に沁みついた臭いを落とし、エッカルトは機嫌が上向いていく。
肌を見せないよう、白いガウンのような服を纏う。風呂にはラベンダーの香料とドライフラワーが加えられ、豊かな香りで嫌な記憶を上書きした。
「どなたに教えていただいたのかしら?」
「陛下だ。先日の処罰の書類に加えて、個人的な手紙が入っていた。王妃様と一緒に入ったがよかったぞ、と」
あとで手紙を見るか? そんな口調でエッカルトが話を向けると、クラーラは笑って首を横に振った。他の女と遊びに来たと疑うことはない。ずっと真っすぐな愛情を注がれてきたのだ。
「ソフィーのことだけれど」
クラーラは冷たい水を一口含み、喉を潤してから切り出す。メルテンス子爵の体調は徐々に回復しているが、生来の病弱まで治るわけではない。家を継げる夫を見つけなければ、別の貴族が正攻法で乗っ取るだろう。
庇護下にあると宣言しても、結婚して婿養子に入る男を排除する権利まではない。あくまでも後継を決めるのは、子爵家の権限だった。クラーラが心配するのは、ソフィーの人の好さだ。屈しない強さがあっても、騙されたら取り返しがつかない。今回のほうが例外なのだから。
「気にしているのはわかるが、そうじゃな。アウグストに任せてはどうか」
「アウグスト殿では年齢差が……」
さすがにソフィーが気の毒だわ。クラーラが困ったように返せば、エッカルトはからりと明るく笑い飛ばした。
「あの男に後妻は不要だ。息子が二人もおるからな。そのどちらかをもらえば良かろう」
「ケヴィンとカールだったかしら? どちらもロイスナーを離れるとは思えないわ」
父が騎士団長を務める公国から離れないだろう。その予想に、エッカルトはにやりと笑った。
「ゼークトの貴族が、ロイスナーに住んでも構わんだろ。許可だけ出してもらえばよい」
「まあ」
乱暴な解決策に、クラーラは絶句した。権力があるから何でも思い通りにしてきた人だけれど、こういうところがダメなのよね。呆れたと肩を落とすクラーラは、夫エッカルトに長々と説教をした。その結果、長風呂でのぼせてしまい……エッカルトに抱き上げられて部屋に戻る。
「……このことは秘密よ」
果実水を飲んで落ち着いたクラーラに口止めされ、エッカルトは一も二もなく「口外しない」と誓った。




