170.踊った愚者の末路を知る
手足を指から少しずつ削り、砕き、潰す。悲鳴の反響する血生臭い地下牢で、クラーラは小さく息を吐いた。
「着替えないと、あの子達に会えないわ」
「安心してくれ。明日の昼には尋問を終わらせる。そのあとは二人で温泉でも入ろう」
「それならいいわ」
貴族が療養に使う温泉は、基本的に貸し切りの個室だ。部屋にそれぞれ温泉の湯が引き込まれており、他者と顔を合わせる心配はなかった。二日会えないと説明したのは、臭いや返り血を落とす時間も含まれている。エッカルトに腕を預け、複数の扉から聞こえる悲鳴に耳を澄ました。
テンツラー男爵家は、国家反逆罪が適用された。爵位の返上に加え、計画の内容を喋らせるという建前で全員処刑が決まっている。リュディガー国王の怒りを買った彼らに、容赦や加減は一切適用されない。ただひたすらに痛みに耐えて滅びろ、と命じられていた。
いくつか先の牢でフィンケ子爵が泣き喚いている。
「俺は悪くない! ただ女を買っただけっ!」
悲鳴で聞き苦しい言葉を耳にして、クラーラが「嫌だわ、全然反省していない」とぼやいた。女性を物のように購入すること、そのものが問題だ。たとえ春を売る娼婦であったとしても、そこには買う側と売る側の同意が必要だった。
最低限のルールさえ無視した結果、フィンケ子爵は断種が言い渡される。このような男の直系の血筋を残す意味はない。王家と議会がそう判断した。どの貴族家にも、夫人や令嬢がいる。父兄であり夫である貴族家当主の議会は、厳しい刑を求めた。
男である象徴を失ったことを公表したうえで、フィンケ子爵は解放される予定だ。領地は奪われ、収入源を失った貴族の末路を目に焼き付けるために。彼の命はぎりぎり繋ぎ留められた。
罰であると同時に、見せしめでもあった。貴族の禁忌を犯せば、どうなるか。愚かな教育をした結果、子女が仕出かした事件であっても親と家に責任が及ぶ。知らしめるための一手だった。リュディガー王はゼークト王国の貴族の緩みを引き締めるつもりなのだ。一部の貴族は震え上がっただろう。
ピータック子爵夫人は別の牢で、夫から離縁を突きつけられた。平民になっても構わないから、離縁して愛人とやり直す。はっきりと突きつけた。発狂したように騒ぐ母親の姿に、息子は愛想を尽かした。子爵家の家督相続を願い出ているらしい。
オルフ侯爵令嬢は留学という名目で逃げ出し、カペル共和国へ向かう。侯爵夫人は実家へ戻り、夫との離縁を選んだ。騒ぎを起こした侯爵は捕獲され罪人となったため、親族の青年が家を存続させる予定だ。一度地に落ちた家名を復活させるのは大変だろうが、それ以上の追撃はなかった。




