168.そちらの作法も心得ておりましてよ?
孫娘に見送られたシェンデル公爵夫妻は、宿が小さくなる頃……笑顔を変化させた。孫を愛する幸せそうな老夫婦から、このゼークト王国の権力者である公爵夫妻の顔へ。その変化は表面上だけではない。
「あなた、どうなさるの?」
直球で尋ねるクラーラへ、エッカルトは静かな口調で切り出した。直情的に見える普段の顔が嘘のように、淡々としている。表裏一体、どちらの顔も嘘ではなかった。ただ使い分ける相手と場面がある。
「まずはテンツラー男爵家からだ。それからフィンケ子爵だな」
騒動の始まりは、テンツラー男爵家三男ハイモが起こした飲食店での騒動だ。彼がメルテンス子爵家の乗っ取りを企み、一人娘の婚約者に収まった。ここまでは貴族社会なら、あり得る話だ。跡取り息子がいない病弱な子爵が、男爵家の継承権がない令息に跡を任せる。
子爵夫人となるソフィーが子を産めば、直系の血は残りメルテンス子爵家は存続するだろう。だが、ソフィーを売り払って、彼女の振りをする愛人を引き入れるとなれば話が変わる。メルテンス子爵家の血は絶え、財産も領地も赤の他人に奪われる形だった。
これは許されない反逆行為だ。貴族とは、その血筋がもっとも重要視される。誰の血を引き、誰の子であるか。祖先にどんな功績の者がいたか。貴族を貴族たらしめる誇りは、正当な血筋の上に成り立つ。その血を断絶しようとしたのだ。
王家もこの事件を重視していた。返信の中で、王家代理の裁判権をエッカルトに与えるとまで記してきた。ただのお家騒動ではなく、貴族制度が崩壊しかねない重大事件として位置づけられている。
宰相が派遣した裁判官や拷問に慣れた部隊も到着し、ここからが本番だった。リュディガー国王の怒りは国を動かし、司法を奮い立たせる。正義は時の権力者によって変化するが、王制のゼークト王国にとって貴族制度の崩壊を招く騒動は、悪そのものだった。
メルテンス子爵家乗っ取りを計画したハイモ・テンツラー。計画を知っていて無言を通したテンツラー男爵。計画に参加してソフィーを買い取ろうとしたフィンケ子爵。全員を地下牢に捕らえている。専門の拷問官が詳細を吐かせている頃だ。
「クラーラは馬車で待つように」
厳格な公爵閣下の口振りで止めるも、クラーラは満面の笑みでエッカルトに反論した。
「何を仰るやら。以前は蛇に悲鳴を上げた御仁が偉そうに……私はこういった方面の作法も心得ておりましてよ?」
にやりと笑う顔は、孫を可愛がる祖母ではない。過去の夜会で、言い寄った無礼な男を拳で粛清した女傑の風格があった。置いていくのは無理そうだ。早々に諦めたエッカルトは「それで深紅のスカートなのか」と呟いた。
孫娘が「薔薇みたい」と評した美しい絹は、おそらく返り血を気づかせない小道具だ。やれやれと首を横に振るエッカルトに、クラーラはぐさりと釘を刺した。
「私を選んだのはあなたですわ」




