130.予想を裏切った展開
ボックス席はほぼ中央の良い席だった。ずっと眠って過ごすと思われたアウグストだが、意外にも起きていた。というのも、初っ端に決闘シーンが入っていたのだ。これで火が付いた。身を乗り出さんばかりの勢いで見つめ、その後に続いた悲劇というべき恋愛パートも観ていた。
この反応には、誘ったエッカルトのほうが驚くほど。面白かったかと尋ねられ「興味深い」と返された。ガブリエラは「叔父様らしい」と笑う。
具体的にどこが良かったか聞いたら、頓珍漢な答えが返ってくるはずよ。ガブリエルのもっともな表現に、クラーラは口を噤んだ。役者の演技も、演目も、音楽も素晴らしかった。久しぶりに観た劇の印象を台無しにしたくないのだろう。
エッカルトもそれ以上掘り下げることはせず、食事に向かった。宿の夕食の時間を過ぎているため、外で食事を取る。同じように歌劇に向かった貴族が集まり、店の席はあっという間に埋まった。ボックス席から退場する方式でなければ、混みあって入れなかったかもしれない。
「あの役者の一撃はよかった。腰のひねりが素晴らしい」
決闘シーンを褒めるアウグストは、話しながらも上品にカトラリーを扱う。以前にカールやケヴィンに注意していたが、武器だと思って大切に扱え! が主体だった。己の手足のように使えてこそ、戦いの場で相棒として命を預けられる。アウグストの方針だ。
カトラリーに命を預けられるかどうかは別として、一理あった。道具を大切に出来るなら、道具に命を救われることもある。そんな意味合いで受け取ったのだ。
「お作法は綺麗ね」
褒めるクラーラに、アウグストはにやりと笑った。口に物をいれたまま話すこともない。伯爵から、侯爵となった人だ。ナプキンなどの作法も完璧で、気持ちよく食事は進んだ。
「っ、どういう意味よ!」
「そのままだ!!」
斜め後ろのカップルが喧嘩を始め、女性が両手でテーブルを叩いた。反論する男の声が荒々しく響き、ガブリエルがびくりと肩を揺らす。庇う形でアウグストが立ち上がった。間を遮るように立つ彼が、ふっと動く。
あまりにスムーズで、音がしなかった。ゆえに、後ろのテーブルがひっくり返る音しか聞こえない。ガブリエルを抱き寄せ、数歩下がる形で難を逃れたアウグストが「阿呆どもが」と吐き捨てた。
喧嘩した女性が乱暴に立ち上がって去ろうとしたところを、男性が呼び止めようとする。手首を掴んで引き戻そうとされ、女性が振り払おうと腕を振った。テーブルに触れた手が突き飛ばすように動く。踏み出した男性の足がクロスの端を踏んだ。
傾いたテーブルの上に並んだ料理や食器は、引かれたクロスに従って床に落ちる。ガラスのグラスが割れ、ナイフやフォークが甲高い音を立てた。もしアウグストがガブリエルを守っていなければ、料理や食器が後ろから襲っただろう。
「っ……無作法にも程があるな。シェンデル公爵家の席と知って、この騒動を起こしたのか」
むっとした口調のエッカルトは、孫娘の無事を確認しながら低い声でカップルを睨んだ。




