123.どうでもいいことほど真剣に
引き渡しの時は臭うから、そんな理由でカールがマスクを用意した。病気の時しか見かけないマスクに、首を傾げてしまう。
「聞いた話だけどさ、多少臭いが軽減されるって。ハーブ水とか染み込ませるといいらしいぜ」
にやっと笑う従兄の口ぶりに、また笑ってしまう。ハーブ水を何にするか、あれこれ話しながら歩いた。まだ使者の到着連絡はない。ケヴィンは呆れ顔だが、斜め後ろで時折口を挟む。
「ミントはどうだ?」
「あ、無理。俺はミントでくしゃみ出るんだよ」
雑談のお陰で、ラファエルの表情が明るくなった。ほっとした顔の兄弟が、後ろで目配せし合う。緩むのは困るが、緊張しすぎてもよくない。朝食後、すぐに着替えだけは済ませた。その辺りから、ラファエルの表情が硬くなったのだ。
兄役を自称する二人にしたら、なんとかしなくては! と奮起する場面だ。『前回』の記憶があると知ってから、ガブリエルよりラファエルのほうが危ういと感じていた。暗い記憶はふとした瞬間に溢れ出て、留まることを知らずに呑み込んでしまう。
初任務後の新人騎士が似たような状況に陥るため、カールもケヴィンも心配した。人を傷つけたり殺めたりした際、その記憶や感触、最期の絶叫が耳に残って消えない。何度も思い出しては狂っていくのだ。可愛い従兄弟をそんな目に遭わせる気はなかった。
明るいほうへ引っ張り、道化を演じても笑わせる。二人の間で決めた新たなルールの一つだ。
「客人が到着されます」
侍従が報告に訪れたため、表情を引き締めた。ケヴィンは、引き渡す罪人を連れ出す準備に向かう。その後ろ姿を見送りながら、ラファエルが「あっ!」と声をあげた。
「どうした?」
「ケヴィン兄様はマスクを忘れているのでは?」
「……仕方ないな、奴の鼻には死んでもらおう」
真剣にぼそっと呟くカールに、ラファエルがにやける。笑い出しそうなのを我慢したせいで、なんとも複雑な顔をしていた。それを茶化しながら、カールと歩く。
「結局、ハーブ水はミント?」
侍女に用意してもらった香り付きのハンカチをマスクの内側に入れる。しかし現場につくなり、アードルフに注意された。
「マスクは病弱な印象を与えますのでおやめください」
次期公王として考えるなら、他国との外交の場でマスクは拙い。丁寧に伝える家令は、屋敷内では宰相のような役割を担っている。彼が言うなら問題なのだろう。仕方なく外したラファエルに、アードルフが手を伸ばした。
ハンカチを取り出して、胸元にスカーフのように飾る。自らのネクタイピンを外して、さっと固定した。クラバットのようにも見える。
「こちらでしたら、臭いも多少誤魔化せるかと……」
神妙な顔で言うから、ついに我慢できずにラファエルが噴き出した。カールも真っ赤な顔で肩を震わせるが、ぎりぎりで堪える。
「何をしている?」
怪訝そうな顔で、ヨーゼフに指摘され……カールも腹を抱えて笑い出した。




