121.心に刻まれた傷は癒えない
初の外交デビューだと、ラファエルは目を輝かせた。ウテシュ王国の情報を調べている。夢中で知識を吸収し、教育係に質問する姿に驚いた。ミヒャエラと顔を見合わせたヨーゼフは、成長の証と喜ぶ。
「これほど効果があるとは」
「自分なりに考えているのだと思うわ」
姉ガブリエルが女神に選ばれた天使なら、公国を率いて姉を助けるのは自分の役割だ。ラファエルはそう考えた。似た名前なのに、弱くて優しくて柔らかな姉。『前回』の惨劇がまだ消えない。
あの美しい姉の何が不満だったのか。どうして別の女に誑かされたのか。理由を聞いても納得できないだろう。聖女を名乗った女は品がなく、ねっとりしたしつこさを感じた。何度か声を掛けられたが、すべて無視したことを思い出す。
今さら、ニクラウスに尋ねようとも思わないし、考えを質す気もなかった。彼が愚かにも踏み外した道は、女神アルティナの加護が働かない。そんな地獄に落ちる奴と、まともな会話など成立しないだろう。ラファエルはそう認識していた。
だから、姉を守るための方法を考える。柔らかな心は簡単に傷つくし、優しさは搾取の温床となった。大好きな姉をどうやったら守れるか。突き詰めた先にあるのは、自分が強くなることだった。盾になればいいし、覆い被さってもいい。
真綿で包んで、絶対に痛みに触れさせなければ大丈夫だ。そう考えるラファエルは、危ういほど真剣だった。
ウテシュ王国の双子は、こちらを傷つける存在だ。それを奪い返しにくる使者も、敵である可能性が高い。単純に距離を置くのではなく、上手に丸めこめないか。
応接間は整えられ、使用人達は別室や廊下を磨き始めた。家令アードルフ指揮の下、侍女も侍従も役職も関係なく努力している。明日使う部屋に踏み入り、迷った末に壺へ短剣を隠した。緊急時は壺の中に武器がある。そのことを誰かに告げればいい。
ラファエルは鼻歌を響かせながら自室へ引き揚げた。その姿を見つめていたのは、侍女長イレネだった。王都邸から同行した彼女は『前回』を知っている。ラファエルの行動の意味も一瞬で理解した。若くして両親を目の前で殺害され、己の首も落とされた。その経験が精神に影響しないはずがない。
ラファエルは武器を手に戦う道を選んだ。いざとなれば姉の盾となり、矛となって戦う覚悟を決めたのだ。ならば、大人である自分には何が出来るのか。侍女長として見守ってきた若君が隠した短剣を確認し、玉座の後ろにあるカーテンの陰に長い剣を置いた。
自ら振るうことが叶わずとも、部屋にはカールやケヴィンもいる。入室時は武器を手放す彼らに、場所を知らせれば足りるだろう。イレネは静かに退室した。
二人の行動をすべて見ていたカールは、額を押さえる。
「いっそ前回の記憶はないほうが……」
楽だった人もいるのでは? 疑問が女神への不信のように感じられ、尻すぼみに言葉を呑み込んだ。




