12.情報を共有して立ち向かう覚悟
ロイスナー公爵本邸では、大混乱が起きていた。領主一家の帰還連絡に加え、『前回』の記憶がある者とない者が情報交換を行う。侍女でも記憶の有無が分かれ、地位や性別、年齢では分類できなかった。嘘のような話を、複数の者が口にする。見た内容に多少の差はあっても、人々は女神様の怒りを覚えていた。
「すごい雷だったわ」
「あれって、落雷だったのかな。女神様の鉄槌じゃないか?」
「光が眩しくて顔を背けたのは覚えている」
それぞれが口に出した情報を、執事セシリオは丁寧にまとめた。屋敷を統括する家令アードルフへ報告するためだ。屋敷に勤める者の半数近くが『前回』を覚えているなら、それは事実だったのだろう。覚えていないセシリオはそう考えた。
公爵家の皆様が領地へ戻るのは確定事項と考え、屋敷内は迎える支度を始めた。もし迷っていても、騎士団が迎えに行く。バーレ伯爵子息カールは『前回』を覚えていた。騎士も半数が記憶を持っており、覚えていない仲間と情報を共有する。翌日には本邸を出発した。
セシリオの報告書を受け取ったアードルフは、目を通す前に深く長い息を吐いた。昨日、本邸の騎士団を見送ったばかりだが、合流したので帰還する旨の連絡が入る。途中で一泊することも含め、伝令の騎士が走った。早朝の連絡は、アードルフ自身が受けている。
「私は皆が口にした『前回』を覚えています」
主であるロイスナー公爵家に反逆の汚名が着せられた。本来は屋敷を離れない家令だが、執事セシリオに留守を任せて出発する。王家に事情を説明し、ご一家を救わなくては。陳情するこの身は断罪されても構わない。命を捨てて、公爵家に最後の奉公をするつもりだった。
王都まであと少し。乗ってきた馬は疲弊し、手綱を引いて歩く。使いつぶす形になる馬に詫びたとき、青空が光った。眩しさに目を庇って蹲る。何が起きたのか、理解できなかった。そこで響いてきたのは、女神アルティナ様の言葉だ。
ああ、間に合わなかった。お嬢様はもうお亡くなりになったのだ。蹲ったまま立てずに涙を零した。幼い頃「じぃ」と呼んで手を伸ばした、あの愛らしいお嬢様の命が失われた。……さぞ恐ろしかったでしょうに。
胸を締め付ける思いが蘇ったのは、二日前の昼だった。教会が一日に三回鳴らす鐘の音とともに、恐怖と後悔が蘇る。自分だけがおかしいのかと口を噤んだが、半数近くが同じ記憶を持っていると聞いて、アードルフは安堵した。覚えている者が多いなら、今後の四年で結末を変えられる。
女神様が望まれた通りに、お嬢様は健やかに……まさか、お嬢様も記憶をお持ちなのではないか? 旦那様や奥様が、お嬢様だけを差し出すはずはなく。皆様に記憶があるなら、なんとおいたわしいことか。アードルフは眼鏡をはずし、滲んだ涙をハンカチで拭った。
「アードルフ様も覚えておられるのですか。私は何も……」
悔やむように、言葉を絞り出すセシリオへ首を横に振った。記憶の有無は救えなかった罰なのではないかと考えるアードルフは、立ち上がってセシリオの肩を叩いた。跡取りにと育てたセシリオは、これからを生きていく。だから『前回』の記憶は必要ない。アードルフはそう受け取った。
「覚えていてもいなくても構いません。公爵家の皆様が安心して快適に過ごせるよう、手配をしましょう。騎士団とも話し合い、守りを固める必要もあります。嘆いている時間はありませんよ」
「っ、はい!」
しっかり頷いたセシリオを送り出し、アードルフは家令の執務室で報告書に目を通した。良くまとめてある。あとで褒めてやろうと思いながら、使用人名簿を取り出した。記憶の有無を記入していく。身分や仕事内容に因果関係は見つからず、名簿を閉じた。探るのは家令の職責ではない。
王都に貸し出された騎士団も、順次帰還するだろう。騎士の宿舎が足りなくなる可能性に思い至り、大急ぎで侍従を呼んだ。ずっと使われていない離れや別宅を掃除し、騎士団に提供する必要がある。
「リネンや寝具、カーテンなどを確認しなさい」
洗濯の下女や庭師まで総動員して、準備を進めるよう命じた。執務室から出て、明るい日差しの下で侍女長や執事に指示を出す。夕方には到着されるご一家の晩餐も、料理長と相談しなくては。落ち込んでいる時間はありません。アードルフは張り切って足を踏み出した。




