114.事件の余波と思わぬ援護
「コンツ王国の……」
ウテシュ王国へ入ってすぐに得た情報に、ヴェルナーは大きく息を吐いた。深呼吸を数回行い、感情の乱れを整える。国境が情報を封鎖していたのでは? と思うほど、ウテシュ王国では新たな知らせが舞い込む。今回の王弟暗殺未遂事件も、その一つだった。
王族を殺そうとした騎士が免職だけで許された。それは大きな波紋となり、憶測を呼ぶ。貴族も平民も関係なく、情報が飛び交っていた。王家の存在自体が揺らぐほど、大きな事件が起こる。そう予感させる危険な兆候がいくつか見受けられた。
「ウテシュ王国の命運が尽きたか……」
「一つ滅びて一つ興る。そういうことでございましょう」
ベニートの静かな同意に、ヴェルナーは頷いた。王弟ローマンが黒幕で、彼一人の咎で済むなら……そう思った時期もある。だが、ウテシュ王国自体の寿命が尽きるのなら、それもまた女神のお導きだろう。ほぼ罪状が確定したのに、ローマンがまだ生きていることが示している。
「急ぐよう、シュテファンに連絡を取らねばならん」
「ようやくでございますね、旦那様」
噛み締めるように絞り出したベニートの声に、ヴェルナーは大きく目を見開いた。そうしなければ、涙で潤んでしまう。瞬いて誤魔化し、音もなく頷いた。長年の癖で顎髭に手を伸ばし、つるんとした感触に苦笑いする。剃ったのを忘れていたようだ。
枢機卿シュテファンの赴任は昨日だった。今頃は荷物を解いている頃か。
一足早くウテシュ王国に入ったシュテファンは、教会の自室で祈りを捧げる。情報収集をするまでもなく、あちこちで王弟ローマンの暗殺未遂が囁かれていた。すこし話を促せば、ぺろりと話す者が溢れている。それだけ娯楽が足りないのだろう。
若い司教の一人が、興奮した様子であれこれと教えてくれた。懺悔に来た侍従の話に、シュテファンは目を細める。暗殺未遂事件の騎士は、コンツ王国滅亡の報復を望んだ。料理を運ぶ侍従の護衛として入り、最終的に失敗している。問題はこの侍従のほうだった。
侍従もコンツ王国の出身なのだ。それも貴族階級だった。幼い頃から祖父母に聞かされた祖国の滅亡、父母は王家に殉じて亡くなっている。寂しい幼少期の記憶も、祖国の凄惨な末路も……すべて胸に抱いて成長した。
祖父母のツテを頼って王宮で働くある日、騎士の一人から持ち掛けられた復讐計画。侍従はすぐに協力を申し出た。料理を運ぶ際の護衛に、祖国を同じくする騎士を選ぶ。ローマンの貴族牢で斬りかかる騎士を止めようとした、他の騎士にしがみついて妨害した。怖がるフリをして……。
抱えきれなくなった重荷を、教会で懺悔として吐き出したのだ。この懺悔は証拠にならず、罪に問われることはない。
「懺悔の内容を、勝手に話してはいけませんよ」
穏やかに釘を刺す。言いふらしてはならないと。枢機卿からの警告に、若い司教ははっとした様子で顔を赤くした。
「申し訳ありません、つい」
「気持ちは理解しますが、懺悔を聞くのは我々ではありません。女神様なのですから」
決まり文句となった規律を理由にして、しっかりと口止めをした。窓の外から小鳥のさえずりが聴こえる。耳を傾けながら、静かに手を組んだ。祈りを捧げる枢機卿シュテファンに、司教の尊敬の眼差しが注がれ……やがて彼も膝をついて祈り始める。
教会が静寂を取り戻す前に、新たな事件が起こることを詫びるように。シュテファンの祈りは長く続いた。




