113.コンツ王国の血を絶やすな
王弟の地位は、非常に便利だった。何かを望めば周囲が手に入れる。献身することに慣れた貴族は、王族を特別な立場として崇めた。まるで神の一柱であるかのように。
手を伸ばせば、触れることが叶わぬ距離の物事にも影響が及んだ。ローマンは己の持つすべてを、伯父の残した仕掛けとともに活用する。国を出ることなく、一つの国を滅ぼすことさえ可能だった。コンツ王国が滅びた話を聞き、口角を持ち上げてこう口にしたほどだ。
「この身は一柱に匹敵する」
この傲慢な言葉は、天に唾する行為だ。女神はローマンを許したのではなく、ただ罰する機会を待っていただけ。大地を血で染めた代償を、愚かな男に求めるため。
監禁用の貴族牢で、愚者は勘違いを加速させる。兄は身内に甘い。この待遇ならまた許されて外へ出られるだろう。次はどの国に仕掛けようか。次の世代には双子がいる。あの子達に何を託そう。ああ、伯父上が仕掛けを自ら発動させなかったのは、このためか。
柔らかなベッドに寝転がり、ローマンは目を閉じた。
食事を運んできた侍従が、騎士の護衛付きで貴族牢に入る。料理をテーブルに並べる間、王弟と侍従の間に立って安全を図るのが騎士の仕事だった。逃走できないよう、扉は一度施錠する決まりだ。罪人と同室で閉じ込められるため、安全確保の騎士は必須になる。
相手が王族なので、護衛も衛兵ではなく騎士に変更された。ベテランの域に入り、間もなく引退だろうか。騎士は綺麗な姿勢で立ち、剣の柄に手を掛けた。ベッドに身を起こしたローマンが立ち上がろうとした瞬間、騎士が剣を抜く。
「え?」
「なに!?」
若い侍従が驚きの声を上げ、ローマンが目を見開く。その声に反応した牢番が小窓を開け、慌てて施錠した扉を開けた。僅かな時間だ。料理を放り出した侍従が、扉を開けた牢番に抱き着いた。怖いと泣きながら、両手で縋る。
その間に、騎士は剣を振り下ろした。逃げようと身を捩るローマンの右肩から胸にかけて、剣が走った。皮膚を切り裂き、肉を抉り……血を噴き出させる。だが、牢番の脇から飛び込んだもう一人の騎士が止めに入り、凶行はここで終わった。
斬りかかった騎士は、コンツ王国の出身だった。当時は騎士見習いで、貴族籍も持たない子供であったために見逃された。剣術を教えてくれた先輩騎士が討ち死に覚悟で残る中、役目を一つ与えられる。
「生き残って、必ず血を残せ」
コンツ王国の血筋を絶やすな。その命令を彼は忠実に守った。腕を磨いて騎士爵を得て、男爵令嬢と知り合って結婚する。子供を三人もうけ、己の役目に終わりが見えた。そこへ入った情報は、耳を疑うものだった。王弟がコンツ王国滅亡の引き金を引いた?
投獄されたと聞き、穏やかな笑みと過去の実績で料理を運ぶ侍従の護衛となる。一度しかできない。失敗したら終わりだ。直前に妻とは離縁し、子供達も妻に預けた。共犯を疑われないために、理由は告げていない。
上司である騎士団長の尋問で事情が判明し、マルクス王は騎士を処罰しなかった。だが彼は自ら辞職を申し出て、受理される。
ヴェルナー達が入国する、数日前の事件であった。




