108.放っておけないからさ ※残酷表現あり
終焉まで秒読み段階に入った。復讐は何も生まないと言う連中は何も知らないのだ。身を焦がす怒りを、喉を掻きむしる苦しみを、罪悪感に苛まれる痛みを……。幸せだった頃の記憶が鮮明だからこそ、その後の惨劇が鮮やかに蘇る。この痛みを止めるために、復讐は必要なのだ。
息子夫婦は殺された。幼い孫も暖炉に逃げ込んで死んだ。きっと、嫁である母親が庇ったのだろう。全身で守ろうとした彼女の背はずたずたで、死してさらに膨らんだ腹を裂かれる。死者への冒涜であり、蹂躙だった。
生まれることなく死した二人目の孫は、男児か女児か。あれでは、女神様も受け入れられない。
息子は肉片と呼べる段階まで処理されていた。ああ、あんなのは戦いによる死ではない。騙し討ちに遭った被害者だろう。脳裏に焼き付いたあの光景が、ヴェルナー・シーゲルの原動力となった。
信じた王国は救援を出さず、我が領地は炎に包まれた。逃げ惑う民の悲鳴や怒号、豊かな大地を覆い尽くす死体の群れ……これが許されるのか? 女神は何をしている! 国王はなぜ動かなかった?
戦い抜いて、生き残った己の身が恨めしかった。幸せそうな者を恨むほど落ちぶれていないが、失った足が「忘れるな」と何度も現実を突きつける。悪夢のような領地の惨劇は、間違いなく現実なのだから。
老シーゲル伯爵と呼ぶ者も、もういない。シーゲル伯爵家は滅亡し、領地は他国に奪われたまま。あれから取り返そうとすらせず、放置されてきた。アードラー王国への忠誠など尽きた。王を道連れに滅びるも一興。
「おじさん、大丈夫かい? 具合が悪いなら休んでおいきよ。ほら……」
発作のように蘇った記憶に打ちのめされたヴェルナーを、女が手招きした。裏戸の近くだったらしく、彼女は躊躇いなくヴェルナーを家に入れる。当たり前のようにお茶を用意し、椅子に座らせた。
「一人かい? 家族は一緒じゃないの?」
「あ、ああ。従者がいる」
にこっと笑う様子から、彼女は客商売だろう。長い髪を後ろで一つに結んだ手は、荒れていなかった。貴族階級とは違うがささくれもない。それでいて話し言葉は庶民の気安さが滲んでいた。
「あたしさ、アブリルっての。従者の人がわかるように、何か道に出しておく?」
「それは良い。この杖を頼めるか?」
「あいよ!」
明るく請け負ったアブリルは、預かった杖に目を丸くした。
「高そうだね。こんなの外へ置いたら盗まれちまうよ。別の物にしよう」
被っている帽子を借りて高い位置に引っ掛けた。元は看板があったらしい、扉の上の金具に帽子を掛けると戻って来る。
「なぜ手を差し伸べたのかな?」
「ここの眉間のとこ、皺を寄せて。痛そうな顔してりゃさ……助けないのは女神様への冒涜だろ」
からりと笑い、お茶請けに芋を並べた。蒸かして溶けたバターを載せただけの、シンプルな料理だ。それを見るなり、ヴェルナーは涙を零した。
「なんだい、そんなに腹減ってたの? 全部食べていいよ」
男の痛みを察したアブリルは、わざと見当違いの言葉を吐いて立ち上がった。二階の洗濯物を取り込んでくると言い残し、席を外す。紳士が泣くところなんて、見ないほうがいい。ひどい目に遭ったんだろう。人の感情の機微を察する能力は、娼婦なら嫌でも鋭くなる。
たっぷりと時間をかけて洗濯物を回収し、ついでに玄関先でおろおろしている従者も見つける。
「老紳士なら預かってるよ。そこの扉から入っとくれ」
もう泣き止んだ頃だろうし、問題ないよね。大声で叫んで室内にも来客を知らせ、アブリルは階段を駆け下りた。




