107.娼館に降り注いだ奇跡
アブリルの結婚が決まってすぐ、ジーモンは身請けの相談に訪れた。甥……自称姪の店であっても、筋を通すのが彼らしい。全貯金を叩いても身請けする覚悟を示すと、アブリルとバルバラは顔を見合わせて笑った。
「身請けの金は受け取れないわ」
「は?」
バルバラに断られたと思い、驚くジーモンが間抜けな声を出す。そこへアブリルが追い打ちをかけた。
「あたし、借金はもう返済済みなのよ」
事情を聞くと、没落した実家の借金返済のために必要な金は、すでに稼いで返済していた。娼館に留まっていたのは、受け入れてくれる「世間」がないから。女性が一度娼婦となれば、妻に迎える奇特な男性は滅多に現れない。
世間に出ても白い目で見られるし、かといって今さら戻っても実家も迷惑だろう。行き場がないなら、気の置けない友人や仲間のいる娼館で過ごせばいい。年老いたら、稼いだ金で隠居する。アブリルの人生設計では、そうなっていた。
そこへ惚れた男が出来た。娼婦だからと諦めようとしたが、口の悪さと育ちは出るもんだね。そう笑うアブリルが勇気を振り絞ったことで、状況が一転した。取り囲んだ娼婦達に「幸せにしておやりよ」「この子はいい子だからさ」と口々に応援されて。
ジーモンはくしゃりと顔を歪ませた。泣きたいのに笑いたい。不思議な気持ちを持て余す男に、女達は優しかった。妻となるアブリルのために広い家を借りたジーモンは、元平民の騎士仲間を呼ぶ。荷を運ぶ手伝いを頼んだのだ。
気風のいい女達に絆されたのか、数人の身請けが決まった。あれよあれよと、娼婦の数が半分にまで減る。慌てたのはバルバラだが……留めようとはしなかった。
「娼館はいい女と暮らす趣味だからね」
苦笑いしながら、次々と送り出す。アードラー王国の王都は広い。少し離れた区画に引っ越せば、顔見知りと遭遇する機会は減った。加えて、仕事の時は派手な化粧を施す娼婦達だ。すっぴんや薄化粧に切り替え、服を着替えたら別人のようになった。
働いて家族に仕送りをする女や夫から逃げた訳あり女、残った娼婦達を守りながらバルバラは情報を扱う。規模を小さくし、一晩の価格を吊り上げた。高級娼館のイメージを付け、残った彼女らの生活を守る。バルバラが選んだ道を、騎士達も応援した。
再度のやり直しは行われず、女神の慈悲は女達に降り注ぐ。八年後、バルバラは空になった娼館を売却した。不幸せな女は一人も残っていない。新天地を目指すバルバラも、可愛い愛犬達とともに王都を後にした。




