106.小さな奇跡が始まる街で
ジーモンと結婚するアブリルに、何か嫁入り道具を揃えてやろう。娼婦達はそんな話で盛り上がっていた。家具は部屋に入るか確認が必要なので、できるだけ小さな物がいい。多少安定してきたとはいえ、王家や貴族は信用できなかった。
万が一の時に、持って逃げられる宝飾品はどうか。落ち着きかけたところへ、バルバラが燃料を投下する。
「あのさ、またダメになったら『次回』が存在するんじゃない? 逃げても戻されるくらいだし」
きょとんとした娼婦は顔を見合わせ、なるほどと納得した。『前回』の記憶を持つのは半数ほど、残りは人伝に聞いた話だけ。それでも、先頃逃げ出した際に戻された体験は全員が覚えていた。
娼婦をしていれば、人も神も疑うようになる。熱心に信じていた神は、どれだけ祈っても救ってくれない。そんな現実を体感する頃には、誰もが信仰心を曇らせた。何人か祈り続ける者もいるが、珍しい部類に入る。
人の汚い面を見過ぎて、結婚や男に幻想を見なくなる。その前にアブリルが離脱できることは、皆にとって救いだった。身請け話があっても断る娼婦もいるのは、人を信じられないからだ。好きという感情に従い、ジーモンの人柄を信じた彼女に仲間は拍手喝采だった。
「ベッドは……生々しいかしらね」
「うーん、現実問題として大きいサイズが必要になるのは確かよ」
彼女らは前提を捨てて、必要そうな家具に狙いを絞る。
「街の普通のお嬢さんみたいな服は?」
「実用性重視なら、鍋や皿もいいわね」
「アブリルは料理を作れたっけ?」
賑やかに盛り上がる娼婦達の表情は明るかった。羨むより、素直に祝福する気持ちが湧いてくる。しばらく案を出し合ったところで、一人が両手を天へ伸ばして体を解した。仰け反った彼女は顔の見えない角度でぼそっと呟く。
「あーあ、あたしにもいい男が現れないかな」
少しだけ本音を滲ませた声は、心に突き刺さる。金を工面するために娼婦になった者、家に居場所がなくて逃げ出した者、様々な事情を抱えてこの娼館に流れ着いた。帰る場所がないという点だけは共通している。
「いい男? あたしでいいじゃないのさ」
「はぁ? バルバラは女じゃん」
「体が男でも中身がねぇ」
胸を張ったバルバラに、容赦のない言葉が返る。それは「仲間」であり「同士」でもあるバルバラを信頼する響きだった。
「いっそさ、全員で老後の心配をしたほうがいいんじゃない?」
げらげら笑って、眦に滲んだ涙を誤魔化す。そうして生きてきたから、彼女達は強い。やり直しを図るアードラー王国の都で、娼婦達は逞しく生きてきた。これからもそうだろう……と思っていたのだが、予想外の展開が始まる。それもまた女神様のご意思なのだと、彼女達は信仰心を拾いあげた。




