105.王国の立て直しと下手糞な恋
グスタフ王が新しく打ち出した改革は、国民に静かに浸透した。様々な施策が実行されていく。その中には、横領によって中断していた事業も含まれた。
壊れた橋の修理、街道の割れた石畳の修復、教会への寄付、孤児を救済する政策……様々な部分で生活が改善される。王家への不信感を抱いたまま、民は変化する日常に安堵を抱いた。本当に王家や大臣は騙されただけで、民を思って動いていたのでは? 同じ被害者だったのかもしれない。
一度悪いほうへ振り切った感情は、一気に状況を改善することはない。しかし、これ以上悪くなりようがない状態を、少しずつ上向かせた。アードラー王国が安定すれば、周辺国の対応も変化する。
「本当に変わるもんだな」
ジーモンはやれやれと咥え煙草で呟いたところで、上からカップのぬるま湯を掛けられた。
「くそっ、バルバラか?」
「ざーんねん、あたしよ」
バルバラの娼館で働く女だった。真っ赤な紅を引いた唇が弧を描き、ジーモンに顔を近づける。じっくり眺めてから溜め息を吐いた。
「娼館に何しにきてんのよ、あんた。娼館は女を買う場所よ? 買わないで寛ぐなんて最低。あと……あたしは煙草が嫌いなの」
もっともな言い分だ。騎士団の隊長という役職付きなら、娼婦達が目の色を変えて群がる良物件だった。それが放置している時点で、娼婦に「客ではない」と判断された証拠だ。
いつも顔を見せるだけで、女たちに興味を示さない。それどころか一時期尻を押さえて呻いていた。これらの条件から、男色なのでは? と噂も出ている。娼館でぼやくだけの男に、彼女達は冷たかった。
「ああ、悪い悪い」
言い争う気力もなく、立ち上がったところに女は腕を絡めた。びしょ濡れの男を部屋に引っ張り込み、鼻歌交じりにタオルで拭く。状況が理解できずにきょとんとするジーモンへ、娼婦は毒気のない笑みを向けた。
「あんたさ、顔はあたしの好みなのよ。鍛えているし……きゃっ!」
ベッドの上に座らせたジーモンの顔に胸を押し当てた。後ろ髪を拭く彼女が、ベッドに投げ出される。スプリングを背に受けて、軽く跳ねた体を押さえ込まれた。両手首を固定する形でジーモンが覆いかぶさる。
「それならさ、俺の奥さんになるか?」
「なんでよ」
「お前の胸が気持ちよかったから?」
「最低ね」
罵倒する女の腕を離したジーモンは、らしくねえなと苦笑いした。その頭を抱え込んだ娼婦が「アブリルってのさ、あたし」と名乗る。呼んでもいいか迷うジーモンの濡れた髪をタオルでぐしゃぐしゃに乱しながら、アブリルは明るい声で答えた。
「あたしは馬鹿だからさ、あんたやバルバラみたいに難しいことは知らない。でも『前回』は覚えてて、こんな国滅びればいいと思った」
柔らかい胸に顔を埋め、ジーモンは小さく身じろぐ。
「あんたの奥さんっての、いいね。皆でやり直してるんだ。娼婦が奥さんになったっていいだろ?」
「ああ。やっぱなしはダメだからな」
転がってじゃれあい、帰ってきたバルバラに身請けの話をする。どんと背中を叩かれ「やっとかい」と呆れられた。どうやら以前から秋波を送られていたらしいが、まったく気づかなかった。驚くジーモンに、アブリルは大笑いする。
「平和ボケってやつかねぇ」




