103.一つの波紋がもたらす効果
馬車から身を乗り出すガブリエルに、弟ラファエルが飛び上がって応じる。姉弟の微笑ましい光景に、両親はゆったりと手を振った。馬車が見えなくなる頃、ようやく手を下ろす。痺れたように疲れた腕を胸元に引き寄せ、ミヒャエラは溜め息を吐いた。
「寂しくなりますわ」
「あの子にとってはよい経験になる。それに……女神様のご意思とあらば、きっと守ってくださるさ」
女神アルティナを夢に見たガブリエルは、その指示に従って旅立った。女神の選んだ天使の旅を、天から見守ってくださるはずだ。何より危険な目に遭わせるようなお方ではない。信じる気持ちは強いが、それでも未成年の娘を送り出す不安は強かった。
救いは、ゼークト王国のシェンデル公爵夫妻が同行すること。ゼークト王家の血を濃く受け継ぐ祖父母と一緒ならば、ガブリエルの安全は守られる。物理的な危険は、叔父であるアウグストが退けるだろう。考えられる範囲で最強の布陣だ。
「我々は仕事を片付け、戻ったリルと過ごせる時間を作る使命がある。頑張ろう」
「はい、あなた」
父母の会話を聞きながら、ラファエルは両手を組んで天を仰いだ。記憶が戻った時の光を覚えている。あの神々しい声は悲しみに満ちていた。優しい響きで姉の名を呼んだ女神様へ、信仰を捧げながら願う。楽しい旅を終えた姉が無事に戻りますように、と。
ウテシュ王国から正式な回答が届いたのは、ガブリエル達が出発した翌日だった。ネロとミロの双子王子を引き取りに、王国から使者と騎士団が向かう。公国への入国許可を求める文面だった。謝罪と賠償を記した正式書簡を使者に持たせ、賠償金も同時に持参する。
一方的に非を認める文章には、迷いが感じられなかった。
「まともな対応で安心した」
「ええ。本当に……返答が遅いので心配しましたわ」
ヨーゼフとミヒャエラはほっとした表情で頷き合い、使者受け入れの準備を始める。元から公爵領にいた子爵、男爵を一つずつ格上げして陞爵していた。彼らにも参加してもらい、公式文書の受け取りの場を整える。騎士爵だった者を男爵に引き上げたため、貴族の数は増えた。
広い領地を分散統治するも、やはり主要穀物の生産量が低すぎる。一つ問題が解決すれば、次の問題が生まれる。国の運営という難題に、ヨーゼフは頭を悩ませていた。やはり信用できる商会を取り込むしかない。
残された騎士団の副官ヴィリから、セラノのパブロ商会の話を聞いたのは……そんな悩みを口にしたときだった。ひとまず顔を合わせて反応を見たい。ヨーゼフの要請に従い、街で商売を始めていたセラノが呼ばれた。
この判断による波紋が大きく広がることを、まだ誰も知らない。




