102.旅立ち前の平穏な日々
自らが国を離れると決めた以上、後を任せる息子二人を鍛えるのは当然だ。そこに部下である騎士達も含まれるはず。そう宣言したアウグストに、部下達は顔を引き攣らせた。使い物にならなくなりそうな気がする。副官ヴィリを頼るも、彼さえ鍛え直しの対象だった。
「私に訴えてもダメですよ。全員対象ですからね」
言葉に出されたときの絶望は強い。諦めた騎士と、仕事を理由に逃げようと試みる騎士。双方はきっちりアウグストの洗礼を受けた。まさにそう表現するしかない絶望的な環境だったと、カールは日記に記した。ケヴィンはケガをしたと主張して逃れようとし、本当に脱臼する騒ぎとなる。
右へ左へ忙しい騎士をよそに、ガブリエルは弟との時間を大切にした。ラファエルを連れて読書やピクニック、買い物も楽しんだ。思い出をたくさん作り、早く帰るからねと約束を交わす。実にほのぼのとした微笑ましい状況だった。
ロイスナー公国が盤石ならば、騎士団の護衛で大きな旅団を作ることも可能だっただろう。しかし現状、まだ公国にそこまでの力はない。他国との折衝も続く中、公王夫妻が動くことはできなかった。跡取りであるラファエルも、危険を避けるために残すしかない。
公王の血を引く貴族家は、アウグストのバーレ家のみ。現在は侯爵位を新たに授かっている。カールやケヴィンは継承権を持つが、ラファエルを支える気でいた。正直、今から厳しい勉学に励んで王を継ぐのは無理だと自覚している。
騎士として戦い役立つ道を選んだ二人は、己の能力や力量を正しく把握していた。公女と公子が一人ずつの国で、片方が国を出るならもう片方は残る。血を残すための選択だった。血筋を絶やさぬことの大切さを知るから、祖父母も口を出さないのだ。
「おじい様とおばあ様もご一緒だなんて、心強いわ」
「任せておけ、わしがいれば手出しなどさせん!」
孫娘に頼られて嬉しいエッカルトは、胸を張って請け合った。クラーラはラファエルの髪を撫でながら、穏やかに言い聞かせる。
「先にリルが旅立つけれど、戻ったら今度はラエルが遊びに来て頂戴。歓迎するわ」
「うん」
約束だと指を絡めて歌うラファエルに、周囲は目を細めた。まだ十二歳の子供が己の立場を理解し、縛られることに納得している。立派だと褒める場面だろうが、気の毒に……と思う気持ちが顔に出た。
「帰ってきたら、海のことを教えてね」
「もちろんよ、ラエル。たくさん絵に描いてくるわ」
微笑ましい約束を、当事者のラファエルが首を振る。
「ううん、絵よりお話がいい。お姉様がどう思ったのか、それを知りたいんだ」
いじらしい発言のようだが、ガブリエルの描く絵はひどい。それを知る弟の発言に、周囲は頬を緩めた。こんな幸せがずっと続くことを女神に祈りつつ。




