10.家族と一緒がただただ嬉しい
ロイスナー公爵家の馬車は走る。一番後ろの荷馬車が遅れ、護衛の騎士を二人付けて速度を緩めた。彼らを残し、先を急ぐ一行の正面から騎馬の一団が現れる。他領を通り抜けている途中のため、街道の整備状態は悪かった。土埃を巻き上げる一団は、馬車のために道を空ける。
彼らの掲げる紋章を見て取った御者が、声を張り上げた。
「公爵閣下、ロイスナーの騎士団です」
国境付近に位置するため、ロイスナー公爵領には騎士団が常駐していた。国ではなく公爵家に忠誠を誓う彼らは、速度を落とした馬車の手前で馬から飛び降りる。少し通り過ぎたところで、ゆっくりと馬車が止まった。
「お父様、領地の騎士が来てくれたのですか?」
ガブリエルは無邪気に尋ねる。『前回』を覚えていないのは、彼女にとって幸いなのだろう。あのような凄惨な記憶があれば、心が壊れてしまう。泣きそうな顔をするラファエルは、母ミヒャエラにしがみついた。ぽんぽんと背中を叩くリズムに、深呼吸して感情を立て直す。
「ああ、迎えに来たようだ」
自身にそっくりな黒髪を撫でて、公爵は馬車を下りた。その先で話し始める。ガブリエルは嬉しそうに頬を緩めた。王城へ行くようになって、あまり触れあえていなかった。髪を撫でる仕草や一緒に過ごす時間、すべてが新鮮で嬉しい。
ミヒャエラを振り返れば頷くので、ガブリエルは父の後を追って下りた。馬車に同行した王都邸の騎士が抱き上げ、下ろしてくれる。彼は従兄の一人だった。
「ケヴィン兄様、ありがとうございます」
お礼を言って走った。追いついた父が、振り返って腕を差し出す。抱き着いて見上げた。娘を愛おしいと見つめる青い瞳に、嬉しくなったガブリエルも笑顔を返す。
領地の騎士の一部が目元を涙で濡らした。何かしら? 久しぶりだから懐かしいとか? 首を傾げたガブリエルの上で、ヨーゼフが首を横に振る。察した騎士達は口を噤んだ。
「お迎えに上がりました。公爵閣下、お嬢様」
「ご苦労」
「お久しぶりです、皆さま」
綺麗にスカートの端を摘まんで挨拶する。公爵家の騎士団は、王都と領地の警護に分かれている。それ以外に、国にも貸し出されていた。国の財政が厳しく、豊かになったロイスナー公爵家を王が頼ったのだ。従兄弟という関係のヨーゼフは、王の願いを聞き入れた。
ロイスナー公爵領が潤ったのは、先々代からだ。ヨーゼフの父の代で、やっと金の工面を悩まなくなった。豊かな時代しか知らないガブリエルだが、祖父母から話を聞いている。何度も言い聞かされたのは、お金の大切さと使い方だった。
お金は大事だが、使わなければならないときに惜しんではいけない。工面に悩んでもいいが、その姿を臣下に見せてはならない。王太子の婚約者に決まってからは、この二つを繰り返し教えられた。
「急ぎましょう」
促した騎士は、領地のまとめ役をしているバーレ伯爵令息カールだった。バーレ伯爵はヨーゼフの弟で、ガブリエルの叔父だ。王都邸を守る騎士の隊長ケヴィンの兄でもある。従兄二人が揃うことは珍しく、ガブリエルはそれが嬉しかった。
幼い頃から遊んでくれた二人と、一緒に領地へ帰る。仕事で忙しい父や社交に出かける母もいて、弟ラファエルと過ごせるのも、ただただ嬉しい。何かいいことがあったのかしら?
「そうだな、急ぐとしよう。リル、おいで」
両手を広げる父に少し迷って、照れながら両手を広げた。さっと抱き上げるヨーゼフが「大きくなったな」と笑う。馬車に乗せてもらい、すぐに父も乗り込んだ。再び馬車が走り出すが、先ほどより速度は落ちている。これなら遅れた荷馬車も追い付けるだろう。
「領地に入ったら馬に乗るが……リルはどうする?」
「お父様の抱っこはラエルに譲るわ」
お姉さんだもの。弟に優しくするのよ。ガブリエルの言葉に、ラファエルは首を横に振った。
「僕、カール兄様に乗せてもらう」
「だったら、私はケヴィン兄様と乗るから……お母様はお父様とどうぞ。こういうのも社交でしょ?」
お道化た口調でガブリエルが大人ぶると、ヨーゼフは苦笑いを浮かべた。子供は知らぬ間に大人になるもので、寂しいと思うのは親だけらしい。




